第34話 師匠の心境
海中都市アクアブルー サブリ砂漠
同時刻。
遥か地上の世界で、クロード達に歓迎会が開かれていた頃。
人一人どころか、生物一匹すらいない荒野にて、フィリアは佇んでいた。
「やれやれ、撒くのに苦労したな」
肩をすくめて周囲を見回す彼女は、己から離れた場所に点々と散らばる治安部隊の者達の姿を想像して、息を一つついた。
「まったく、こんな美女の尻をおっかけて発情する程に暇なのか、野獣共め。他にやる事があるだろう。……おっと、弟子達の前ではこんな言葉遣いできないな」
軽く体を左右に捻って、背筋伸ばす。
元治安部隊のメンバーであるこちらだが、今は引退して趣味に精を出して過ごす身ゆえ、久々の実践で動かす体は少々なまっていたらしい。
各所の調子を確かめる自分の表情を見ればきっと、憂鬱そうなものだろう。
「明日、筋肉痛にならないと良いんだが」
そして、そんな心配をする。
フィリアは視線を上に上げて、天空へと深い青のその先にある世界へと思いをはせた。
考えるのは弟子たちが今どこで何をしているのかという事。
一度は巻いたものの、兵士達は未だフィリアを追いかけてあちこちから出没している。
その事を省みるからにも、彼女はクロード等が無事に逃げおおせられた可能性は低くないと見ていた。
捕らえたと言うのならまず、ユーフォリアという最重要人物を含むそちらを優先しないわけがないのだから。
「まあ、この私が直々に鍛えてやった者達だしな。逃げきれるのは分かっていたが」
フィリアにとって、そこら辺の事柄は問題ではなかった。
己が手塩にかけた弟子たちの力量は他の誰でもない彼女が、一番分かっている。どうにかなると信用していたのだ。
これがクロードかイリア、どちらかか一人だけならば不安が残ったところだが、抜群のコンビネーションを誇る二人が一緒なのだ。彼らが二人そろえばそうそう捕まりはしない、今までもそうしてきたように大抵の事柄は何とかなるはずだった。
「ユーフィリアは、どうかな……」
だから、あえて気にかけるのは一人の少女の状態のみ。
国の中で極秘に動いていた竜を討伐する為のプロジェクト。
その為に生み出された人工生命体である少女が、今まで知らなかった外の世界を見て何を思うのか、どんな事をその手に得るのか。フィリアはそれが気がかりだったのだ。
「まさか、相手ができるよりまえにガキができるとは、さすがの私も思わなかったぞ……」
ユーフォリア。
いかに科学技術が優れていたとしても、素もなしに生命が生まれてくるはずはなかった。
少女は、フィリアの遺伝子と、彼女が名前も顔も知らない男性との遺伝子で作られた命だった。
「……」
瞑目して、過去の出来事に数秒だけ思いをはせていたフィリアは、振り切る様に一度首を振って目豚を開いた。
そうして、天井にある海の青を見た彼女が懸念するのは別の箇所だ。
「さて、私もそろそろ向かうとするか」
旅路の支度をする為にと、己の家へと足を進めゆく。
基本放任主義のフィリアだが、今回は状況が状況。
フィリアにとっては、大抵の事はクロード達自身が何とかする事は確定情報なのだが、そんな弟子離れを手放しで喜べるほど、己の持っている全てを教えてはこなかった。
例えば伝説の生物と相対する時になった場合などは、さすがに一度か二度は困る事があるかもしれない、と、そう自分を納得させる。
「手取り足取り教えてやらなきゃいけない事は、まだまだ山ほどあるんだ。もうちょとだけ、おんぶに抱っこでママのミルクにあまえとけよ、な」
決して弟子の前では出さないような言葉遣いをしながら、フィリアは己のやってきた道を戻っていく。
弟子の前で、言葉少なで横暴な物言いをするのは、そんな悪癖を隠す為の物であったりするのだが、幸いであるのか不幸であるのか、クロード達が彼女のそんな努力に気が付いた事は一度もなかったのだった。
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