第29話 インフィニティ・ブルーを越えて



 ブルーオーシャン 海中


 港から出た潜水艇はしばらく人工海の上を進んだ後、浮力を経て空へと浮かび保護膜を通り抜けた。


 そして、クロード達を乗せた船はまぎれもない本物の海中の中を、暗い青の景色の中を進んで行った。


 どこまでもどこまでも。


 そうしていって、やがて行く先に淡い光が見え始めた。

 鋼鉄の乗り物は一心にそちらの方へと向かい、そして……。

 盛大な水しぶきを立てながら、海中から地上へと飛び出したのだった。

 決して越える事の出来ない無限の青……インフィニティ・ブルーの彼方へと。





 それらの景色を、クロード達は、操舵室に備え付けられている席の一つ一つから眺めていた。


「海甲虫の群れがこの時期に来るから、ルートを外れてください。右にある海藻の中なら比較的安全です」


 だが、悠長に見物にしゃれ込んではいられない。


 クロードは勤めていた観測所の知識を用いて、安全な航海のナビゲートをしていたからだ。


 こちらのそんな声に次いで発生するのはイリアだ。


「えっと、次は右だよ。その先は渦になってるから、気を付けてね。えへへ……、野鳥観察の合間に空を観察してて良かったー」


 彼女と視線を交わして、笑みを交換する。

 長年備えてきた者が役に経ったのだという万感の思いが胸に満ちて行った。

 おそらく彼女も同じだろう。


 船に入ってすぐ、動き出した乗り物に足を取られながらクロード達が向かったのは操舵室で、空いていた席の一つ一つだった。


 何でも、小型の船だけあって、他に体を固定する場所がないというのだから、腰を落ち着ける場所がそこしかないのは仕方がないらしかった。


 それで、ミキサー内にで攪拌される様な揺れの中、船が飛空していった時に驚き、そして保護膜を通り抜けた時にまた驚いて今に至る。

 今は指示の為に冷静だが、そのまま海中を進んで行った時なんか、イリアは半狂乱だった。


 そんな彼女は、海中の中に渦巻く複雑な海流を教え、適切なコースをアリィ達に指示していっている。


 アリィ達はそれらを聞くたびに驚き顔だ。

 彼らにそういう知識はなかったようだ。

 どうやって行きに通ったのかと聞けば力技と勘だと言うから呆れてしまう。


 だが、それでも自分達の知識が役立つ場所があった事に感謝していた。

 クロードが観測員になって、海光虫や竜種の動向を気にかけているのと同じように、イリアだって仕事の中で海面観察していていて、いつかインフィニティ―・ブルーを超える時の為に備えていた。のだから。


 一部とはいえ自らの力で念願のインフィニティー・ブルーを超えられた彼女の想いは、きっとクロードでも計り知る事が出来ない。

 仕事してお金を貯めて、複雑な海流に耐えられるだけの船を作って……という所までは計画していたのだが、まさかその工程をこんな若いうちから大幅にショートカットする事になるとは思わなかった。


「ジン……、すごいわね彼女、力技でいつも通り抜けてた海域なのに」

「ああ、これなら船への負担が最小限で済む」


 指示しているのはイリアを見つめる、操縦席の二人の反応がクロードには誇らしい。


 そんな風に、海流の強い場所を抜けて行けば、後は比較的安全走行だった。

 ガラス面越しに海中を観覧する余裕のできたイリアは、目の前に見える魚やら海藻やら何やらを発見する度に、大声をあげていた。


「うわぁ、すごい。すごい。ねぇクロード凄いよ!」

「分かってるって。何度も言わなくても良いよ。僕も見てるから」


 こんなでも、まだマシである。今は落ち着いている方だった。

 最初は凄かった。

 文字通りに、彼女のセリフが解読不能で言葉にならなかったくらいだし。


「でもでも、ほらねぇ、うわぁ。うわぁ……」

「まったく、子供なんだから」


 小さな子供みたいなはしゃぎ様を見せるイリアの様子に呆れる様子を見せつつも、クロードとて内心では感動していた。


 強化ガラス越しに見える青の世界は、見上げる者よりもずっと新鮮で神秘的だった。

 ずっと、一生超える事の出来ないと思っていた青の彼方へと到達している。

 そんな未知の世界へと飛び出したその感慨は、どんな文字でもおそらく正確には言い表せやしないだろう。


「ここが、……私が通るはずだったところ」


 当然クロード達と同じく生まれてから、海中の景色を見た事が無いのは、ユーフォリアも同じだったようだ。


「何だか、お母さんのおなかの中にいるみたい。覚えてなんか、ないけど……」


 深い青に包まれて、眠たくなるような暗い深海の中。

 見ようによれば、確かにユーフォリアの言うような光景のイメージにも見えなくは無いかもしれない。


「不思議な景色」

「ね、ね。凄いね、ユーフォちゃん! わー」


 だが、長い間不可能だと言われ続けていたそれを超えたとするには、イリアの大げさな反応と比較してみても、ユーフォリアのそれは少しばかり普通過ぎるものだった。


 強いて述べるならば、そこらで出会えるちょっと珍しい動植物を見つけた程度の。そんな様に見える。


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