第22話 生贄の少女
海の底の、深く深く。
地上の果てから永遠に遠ざけられた、僕らの住む世界。
海底都市、アクアブルー。
古代の時代には、人の住まう場所は地上にあったと言われているが、けれど今の僕達にとってはそれは御伽話だ。
絶滅したはずの恐竜の遺伝子を改造して創り出された竜。
その竜が、同胞のいない世界に己を作り出した事に、怒りを表して地上の世界を壊しつくしてしまったから。
竜は全ての生命の頂に立つ存在であり、地球上でもっとも強かった。
それはもはや天災ともいえるもの。災害そのものだったからだ。
そんな怒れる竜の猛威からどうにか生き延びた人々は、海底に都市を作り、竜から隠れる様にひっそりと暮らし続けるしかない。
深い深い海の底には、竜本体は来れないから。
だから竜は知恵を絞った。
作り出した、新しい生命。人がした事を真似て産み出した人工の命。
調整されたクローンの竜ならば、本体とは違って海底都市に来る事が出来た。
海光虫を蹴散らして、保護膜を通り抜けて……。
結局は、安息を求めて逃げた土地は、そこもまた危険な場所でしかなかった。
人々は、海中世界でも定期的に竜に悩まされる事になった。
けれど……。
いつの日の事なのか、おびえ続けていた人々は反撃の手段を手に入れる事となる。
その、切り札となるものとは?
――竜の血だ。
竜の血を手に入れた昔の誰かは、その脅威に対抗するために、強靭な生物を作ろうと、封印されていた遺伝子研究を紐解いた。
強力な、戦闘に秀でた人間の遺伝子を選びぬき、それらの遺伝子同士を組み合わせ、そして今現在、あらゆる生物の頂点に君臨する最強の種である竜の血を、生まれ出でた命に与えたのだ。
そうして作られたのが、今クロード達の目にいる少女……ユーフォリアだったのだ。
つまり彼女は、世界をこんな形にしてしまった元凶である技術の粋であり、人の手に寄って創り出された人工生命体となる。
聞き終えたクロードは隣にいるイリアへと意識を向ける。おそらく彼女は、ユーフォリアが話した内容の半分も理解できていないのだろうが、半分だけでも理解していて相応のショックは受けているようだった。
「そんな、事してるんだ」
彼女はユーフォリアの手を、己の手でそっと包み込んだ。
「ユーフォちゃんは一人の人間なのに、利用しようなんてひどいよ」
「……イリア。あ……ありがとう」
ポツリと呟かれたユーフォリアの声。
もう、クロードの知人を名前で呼ぶくらいの信頼はあるらしい。
だが、まあ……。
(こんな風に労わられて、思われて、それでもほだされない人間なんてそうはいないか)
演技などではないイリアの思いやりは、今の話を聞かされれば誰だって思う当然の気持ちだろう。
それが他の人間よりも特に顕著に出るから、彼女と接した人間は分かりやすくてイリアに安心感を抱くのだ。
しかし、感傷に浸っている場合ではないのも事実。
「だけど、ユーフォリアは何で生贄なんだろう? 簡単には信じられないけど、竜を倒す為につくり……産み出された人間なんだろ?」
クロードは話を進めるために疑問を投げかける。
「それは……」
問われたユーフォリアは視線を下げて、先程より若干声色を低くして、続きを話していく。
「まだ、完璧に作り出された個体が存在しないから」
告げられた言葉にクロードは間抜けな声を発してしまった。
「え?」
「……」
それだけでは理解が及ばないといったイリアは首を傾げるのみの反応だが、クロードの脳裏には最悪の可能性……いや、最低の可能性がよぎっていた。
まだ、存在しない。
それらの言葉が示すのは、ユーフォリアが一番最初の人間ではないという事。
彼女を作り出した者達は、もうずっと……いつからなのか分からないが同じ事を繰り返し続けている。
表に出せない試みの数々。
(それに関わったたくさんの者達は、命は一体どうなった……?)
それ以上は、考えたくもなかった。
「本当は廃棄されるはずだけど。私は、比較的良い方の失敗作だから、改良版を作る為にデータ収集用にぶつけられるの」
けれど。
「え、そんな……。それってまさか」
聞かされた言葉は、そんなクロードの想像の一歩先を行っていた。
つまり、元からユーフォリアは死なせる前提で、竜に負ける前提で、絶対に勝てない戦いに送り出される予定だったのだ。
それが、彼女が生贄といった言葉の意味なのだ。
だから彼女は逃げて来た。
そこに、治安部隊は関係しているだろうか。
知っていても、知らなくても、利用されているだけなのかも今の所は分からないが。
(ヘドが出るな)
イリアみたいに、自分の事も省みずに人を助ける馬鹿もいれば、そうやって自分の事しか考えられない馬鹿もいる。
どちらの馬鹿がこの世界に多いかと聞かれれば、クロードは間違いなく後者だと言うだろう。
だからと言っても、目の前の少女が語る様なそんな事実がまかり通るような世界で良いわけがない。
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