第9話 抜き打ち
ミクルア森林前 小屋付近
そんな風に、数時間前に起きた昨夜の事を話題にしながら、元治安部隊隊員の家へと向かう。
辿り着いたのは、町はずれにある小さな森の前。
そこにちょこんと立っている、可愛らしい家の前だった。
家の中を覗けば絵画の道具や、趣味のミリタリー道具が嫌という程視界に入って来る混沌として部屋の内装が分かったが、今日はわざわざ足を踏み入れる必要が無かったようだ。
その家の壁にもたれかかっている人影が一つ。
クロード達を待っていたらしい、長身の女性が片手を上げた。
深紫色のウェーブのかかった長い髪、神秘的な輝きを纏う菫色の瞳。女性的な体つきながらも、よく鍛えられている事が分かる体つきを他者へ見せるのは、黒のボディースーツだ。
触れれば切れてしまいそうな、そんな鋭い印象を他者に与える雰囲気を纏ったその女性は、こちらを一瞥して口を開いた。
「来たか」
言葉少なにそう喋ると、流れる様な動作で腰のホルスターから銃を引き抜いた。
標準を合わせ、引き金を引くまで一秒もかからない。
予備動作なしの、瞬間的行動。
その行動に応じるクロードははさっと、己の頭部を横へと傾けた。
乾いた銃声と共に、頬の横数センチを風をきって鉛玉が通過していった。
それらの一連の動作が終了した後、一番最初に感想を言うのはイリアだ。
「あいかわらず、フィリアさんは抜き打ちテストが好きなんですね」
今まさに友人の体に風穴が開くところだったにも拘わらず、彼女の様子は呑気なものだった。
急に命がけの戦闘を強要される身としてはたまったものではないのだが。
だから、その思いを一応口に出してみるのだが……。
「何ていうか、普通にテストすればいいのにってたまに思うんですけど」
文句を言われた攻撃元の女性……フィリアは大して面白くもなさそうな様子で受け答えするのみだ。
「それでは、お前の正確な実力が測れんだろう? 抜き打ちでなければ、百パーセント対処されるのは目に見えていた」
鼻をならして、気に食わないとでも言わんばかりのセリフだ。
それに対してクロードは、心の中だけで反論するに留めた。
(そんな事、ないですよ)
フィリアは元治安部隊所属の部隊長だ。
その腕は、特別栄誉賞を国から賜る程の者で、彼女の右に出る物は部隊内にはいないだろうと言われたぐらいなのだから。
「クロード、お前相変わらず化物だな」
だが、さすがにその一言は、気心の切れた者にかける言葉で無かったら、ものすごく失礼な言葉だろう。
あんまりな言われように、わざわざ鏡で確認せずとも自分の表情がちょっと引きつったのが分かった。
「あ、フィリアさんそんなひどい事言っちゃだめですよ。クロードはあれですえっと。びっくり人間なんです」
フォローにイリアがそんな事を言ってくれるが、クロードとしてはその言い方もどうかと思う。
「あれ、気に入らなかった? だったら、えーと不思議人間」
「どっちも大して変わらないよ」
とりあえず、その心遣いだけありがたくもらっておく事にしよう。
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