第8話 心配事



 大通り


 家を出たクロード達が向かうのは勤め先ではない。

 今日は休日だから仕事はないのだ。


 これから行くのは個人的な用事がある場所だった。

 イリアとともにこなさなければならない用事があるので、ある一人の元治安部隊隊員の家へと歩いている。


「それでね。この間は迷子の子犬の母親を探してたんだけど……」

「へぇー」


 二人並んで歩いていると、お喋りなイリアが一定間隔ごとに口を開いてくる。


「これが中々見つからなくて困っちゃったんだ」

「ふーん」


 別に話を聞くのは苦ではないし、隣でどれだけ興味のない事を喋られても、付き合いの長さを考えればもうとっくに慣れてしまっているので問題は無い。


「でもね。町の人たちが協力してくれたからちゃんと見つける事が出来たんだよ」

「そうなんだ」


 だが……、やはり昨日の出来事の影響なのか、彼女が口にするのはあの事件での事ばかりになっていく。


「昨日は大変な事が起こちゃったよね。竜が町中にまで出てきたんじゃないかって大騒ぎしてる人もいたよ」


 その話には興味があった。

 クロードは、イリア用に用意していた「へぇー」「ふーん」「そうなんだ」の自動応答モードを切り替えて、話の内容に参加していく。


「竜か、あながちありえないところがタチが悪いね」

「そうだよね。フィリアさんや治安部隊の人がやっつけてるって言っても、完璧じゃないし」


 この海中都市に生息する竜。

 その脅威は圧倒的で、普通の人間などにはとても太刀打ちできる相手ではない。

 地上の世界からやってきたという彼らは、海光虫を蹴散らして、クロード達の生活している居住空間を守る物質……海面保護膜をすり抜けてこの世界にやって来る。


 彼らの動向を確認する意味でも、クロードの仕事は重要な物だった。

 その仕事内容も踏まえて、クロードはイリアに向かって口を開いた。


「企業秘密もあるから、言える事しか言えないけど。最近の観測結果ではそう多くはやってきてないみたいだし、大きい個体も確認されてないよ。だからそういう意味では施設を一個破壊するような竜の存在を心配することなんて、無いと思うけど……」


 そんな事を一般人に言ったところで無駄だという事は分かっている。

 パニックに陥った人々が正常な判断を下す事が出来るのなら、そもそも混乱など起きないのだろう。


 こちらの言葉を聞いたイリアは悲しそうに呟いた。


「コンサート楽しかったのにな。たくさんの人が怪我してたよね。犯人はまだ捕まってないけど、大丈夫かな」

「大丈夫なんじゃないの? 治安部隊だって馬鹿じゃないでしょ」

「そうだけどさ。早く捕まえてほしいなーって。このまんまじゃ、ずっと町の中暗いままだし……」

「イリアらしいね」


 クロードはそこまで気にかけられない事なのだが、彼女にとってはそうではなかったらしい。


 ここまで歩いてきた道のりで分かっていた事だが、町の中はいつもより少しだけ雰囲気が暗い。

 無理もないだろう。大勢の人が被害を受けた事件が、たった数時間前……昨日起きたのだから。


「むしろ私がとっつ構えてやりたい気分だよ! ばーんって行って、どーんって捕まえられればいいんだけどね」

「よしてよ。イリアがそういう事言うと、本当で起こりそうで怖いよ。無いと思うけど、自分から危ない事に首突っ込むのは止めてよ、ほんと」

「分かってるって」


 ありえないとは思えないので、釘を刺しておく。

 良く評すれば明るくで元気である彼女は、同時にお人好しでお節介である。その為、他人の問題に首をよく突っ込んでいるのだ。


 そんな調子で大事件なんかに関わられては、こちらの心臓が持たないだろう。


「ねぇねぇ、クロード。昨日の女の子、大丈夫かな」

「昨日のって、どっちの?」

「どっちも!」


 女の子、と言えばイリアが保護した子と空から墜落してきた子の二人いるのだが、彼女の返答はやはり「らしい」ものだった。


「病院が分かったら、お見舞いに行ってあげるのになあ」


 それが嘘でも何でもないのが、彼女のすごいところだろう。


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