第1話 友人



 サザンクロス天文観測所

 観測所の大きな白い建物から出て、冷たい風の吹く外へ。

 春の季節にも拘らず気温は低く、やんわりと服風はじわじわとこちらの体温を奪いに来る。


 そんな外の環境を肌身に感じた僕……クロードは、勤めている観測所を出て一つ息を吐いていた。

 クロードのこなす仕事は天文観測員。一般人からすればなんて事のないものだ。

 空模様を観測して、書類に記録するだけの地味な仕事。


 中学を卒業して一年と半年勤めている職業だが、この仕事、簡単そうに見えるのは文字上だけ。

 観測員の仕事は、結構疲れる重労働な仕事だった。


 観測所に詰めている人間は大人数で交代制で監視しているのだが、専門の機械で絶えず注視していないといけないから目は疲れるし、同じ姿勢ばかりなので全身の筋肉が凝ってしかたがない。


 特にクロードは他の観測員とは違って、新しく調査要請の来た重要観測地点について詳しく記録を取らなければならないので、最新の注意を払う作業は多大な精神力を消費する。

 観測所の仕事は、文字上から身て他の人間が思う程に楽な仕事ではないのだ。

 ゆえに、一日が終わる事にはかなり疲れてしまうのだ。

 仕事終わりにため息を吐きたくなるの当然だった。


 そのまま観測所の建物から離れて通りを歩いていくのだが、ふとクロードは何かに気が付いたように右腕をあげる。

 用があったのはそこについている時計だ。

 正確に言えば、その文字盤に記された時刻。


 ガラス越しに冴えない面貌をした黒髪黒目の中性的な少年の顔が見えるが、特に自分の顔に今は要はない。

 あるのはガラスの向こう側、張りが示している数字だった。

 クロードは袖をまくり上げて現在の時間を確認した。

 夜の九時、その半ばを過ぎたくらいだった。


「あー、イリアに謝らなくちゃな」


 脳裏に思い浮かぶのは、世闇の中でも目立つまばゆい太陽色の髪に、意志の強さを感じさせる琥珀の瞳の持ち主。同い年である知人の少女の顔だ。


 同じ中学を卒業した後、野鳥保護管となった彼女は、クロードよりもずっと仕事が終わるのが速い。

 そんな彼女とは、今日仕事が終わったら、その後共にコンサートを聞くと言う約束を交わしていたのだが、その公演時間はもう過ぎてしまっている。


「これから、約束したコンサートには間に合いそうにないな」


 九時から十時までの、一般的なものよりは短いコンサート。

 今から行ったところで、楽しめはしないだろう。

 急いで向かえば最後の一曲くらいは聞けるかも知らないが、クロードは徒歩の歩調を変えないまま通りを歩き続ける。


 急がないのは、別にそのコンサートの主役の歌声に格別の執着があるわけではなかったからだ。

 コンサートの席があるのは、熱狂的なファンであるイリアがクロードにも聞かせたいと言って強引にチケットをとったにすぎないのだから。


「まったく、仕事で遅くなるかもって言っておいたのに無理に予定なんか入れるから……」


 聞く相手のいない小声の文句をこぼしながら、向かうのは家ではなくコンサート会場だ。

 間に合わないとは言っても、そのまま帰ったのでは寝覚めが悪い。

 一応友人は女性に分類されるし、時刻は夜中。不可抗力とは言え約束をすっぽかしてしまう負い目もある。


 迎えに行くくらいの苦労は買って出るべきだろう。


「感想、うるさそうだけどなぁ」


 そういうわけで、コンサート終わりでテンションがハイになった友人の様子を思い浮かべながらも、会場へ方と己の足を向けて歩いていく事にした。


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