第3話 隣の美人おばさん

◆隣の美人おばさん


「ちょっと、そこの君、ゴミの分別、また間違っているわよ!」

 そう僕に苦言を呈しているのは同じアパートの隣の部屋の住人。

 おばさんだ。

 もちろん、間違える僕も悪いのだけれど、僕はこのアパートに引っ越してきたばかりだ。会社の部署も変わり、そっちのルールを覚える方が優先して、住居の規則を追いかけるのは後回しになってしまう。

 当然、そこまではくみ取ってくれないのは仕方ないが、もう少し言い方のトーンを落としてほしい。声がきつすぎる。


 このおばさん、そこそこ美人さん、それにスタイルもいいのに・・口が悪い。

 年齢は40前後というところだろう。少なくとも僕より一回りは上だ。まだ、十分に若いのだろうけど、僕から見れば十分におばさんだ。

 そんなおばさんは・・たぶん一人身なのか、同じ部屋でおばさん以外の住人を見たことがない。

 日頃の鬱憤が溜まっているのか、僕を仇のように、会う度に文句を言ってくる。


 この前の日曜日なんて、そんなに大音量で音楽を聴いていたわけでもないのに、近くのコンビニで偶然出会った時、

「最近、音がうるさいわよ、隣だから響くのよ・・イヤホンで聞けばいいんじゃないの」とおせっかい的アドバイスをもらったりした。

 その上、このアパート・・壁が薄い・・薄すぎる。

 こっちの出す音も聞こえるが、隣の物音もよく聞こえる。ネットの無線電波も乱れ飛んでいるんじゃないか?


 またある日などは、ゴミ置き場でおばさんがしゃがみ込んで、掃除? もしくは物拾い? をしているようなので、見つからないように素通りしようとしたのだけど、案の定、見つけられ、「見て、この散らかりよう・・まさか、あなたがゴミを撒いたんじゃないでしょうね?」

 どう見てもゴミ置き場がカラスに散らかされたようにしか見えないのに僕のせいにされたこともある。

 まるで犯罪者でも見るような顔で僕のことを見る。

 まるっきしの言いがかりだ。

「僕じゃありませんよ」僕はそう小さく返す。

 

 そんな風にいろんなことを言われても、気の弱い僕はいつも「すみません」とか「以後、気をつけます」と適当に返して、あえて突っ込まれないようにしている。

 絶対に言い返さない。こんな所でご近所トラブルを起こすのも面倒だ。仕送りをしてもらっている田舎の母親にまで迷惑をかけることになったら大変だ。

 ここは我慢、我慢・・


 そうは言ってもおばさんはごくごく稀に口調の柔らかい時もある。

 遅い時間、仕事から帰宅すると、夜道の向こうからおばさんが歩いてくるのが見えた。

 街灯に照らされたその容姿、女性の割には背が高く、髪はロング、見間違えるはずもない。

 しかも、こんな時間に・・

「あら、お隣さんじゃない・・うーん・・」名前を思い出そうとしているのか、数秒おいて「名前は・・そうそう、井村くんたったわね・・」

 別に覚えておいてほしくもないが、僕の存在が少し認められた気がして嬉しくなった。癪だけど。

「こんな時間まで仕事なの?」

 僕が「そうです」と答えると、「若いのに遅くまでご苦労さんねえ」とねぎらいの言葉を頂いた。

 ふわふわと香水の匂いが漂ってくる。

 ずいぶんイメージが違う・・

 これが同じおばさんなのか、と思えるほど、いつも昼間見るガミガミ調子のおばさんとは全く違った。

 そんなに悪い人じゃなさそうだけど・・

 それに、なぜか、

 そんな時のおばさんは、僕の目には綺麗に映った。

 女優の誰かに似ているような気もした。誰だっただろう?

 どうして、あんな人が、こんなボロアパートに一人で住んでいるのだろう?


といっても、明日、どこかで会ったなら、またガミガミ言われるに違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る