非日常短編集
夢ノ千尋
第1話 無関心な静寂な世界
この世界は異常だ.
電車の中.みんな,四角い板を眺めている.じっと見つめている.
板を眺めながら乗り込み,出ていく.そこに会話はなく,すべてが個人で完結している.いつからだろう.この風景が当たり前になったのは.
内にいても家にいても外にいても一人でいるのと変わらない.画面の向こうの誰かを見つめている.
列車は緩やかに減速し止まる.
あめもり,あめもり.
扉が開き,友達だろうか,3人組が乗ってくる.彼女らは,中程に進み椅子に腰掛ける.
数分がたった.沈黙が続いていた.板をじっと見つめて,ときおり指を動かす.そこに会話はなく,彼女らも周囲の人間と同じ行動を繰り返している.
近年の日本では,これは当たり前の風景である.スマートフォンが普及したころ,スマホ依存が叫ばれるようになった.どこでもいつでもスマホを見つめ,ゲームやSNSに没頭する人間があふれるようになった.その傾向は10年たった今では更に強まっている.スマホを見ていない人間を見つけるほうが難しくなった,若者も主婦も中年も老人も皆同じだ.何人かで集まっていても,すべての会話はスマホで行われている.一言も発しないまま毎日を過ごしている人間も珍しくない.
会社でも学校でもすべての指示,授業はスマホあるいは電子デバイスを通して行われている.それならばわざわざ家を出る必要がないと思われる方もいるかもしれないが,保守的な人間たちがネットで学校の重要性を強固に主張したため,いまも通うパターンが成立している.
東二町.東日町.
電車を降り街へ出る.駅前の交差点に立つすべての人はスマホを眺めている.信号が変わり,青になるとスマホを見ながら渡っていく.
はっきりいってこの世界は異常だ.
駅前の大画面モニタ.今では見る人もほとんどいないはずだが,残っている.どれくらいの人が見るのか正しく測ることが難しいがゆえに,広告手段として存続している.ネット広告に依存すること嫌う老人が,存在価値を作り出しているとも言える.
そのモニタでは,TVニュース番組が流れている.
アナウンサーがスマホ中毒者についてのニュースを話している.その危険性について話す一方で,彼女の手にはスマホがあった.
労働者の権利としていつでもスマホの権利が認められたのだ.
行き交う車.その運転手もまたスマホに夢中だ.すっかり普及した自動運転は,運転者のスマホ依存を拡大させた.
赤になり青になり,私も交差点を渡りだす.
気づくと地面に倒れていた.
薄れていく意識の中で,こちらを見ることもなく無関心に渡っていく人々が見えた.
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