第72話 反撃

◆反撃


 このままでは伊澄瑠璃子の話を聞けない。

 二人の力も強いが、僕の方も負けてはいない。僕もタイプは違うが吸血鬼だ。

 僕は「おいっ、離せ!」と言って、二人の腕を勢いよく振り解いた。


 白山は黒崎に「あれ? この子、まだ『あれ』の入っていない人間なの?」と言った。

「どうも、そうみたいね。予想以上に力があるわ」と黒崎が言った。

 そして、二人同時に、

「ここで、伊澄さんに『あれ』を入れてもらったら?」と言った。

「それがいいわ」

 そんなっ。ここは教室だぞ! 今は昼休みだ。そんなことができるのか。

 いや、そんなことができる。伊澄瑠璃子なら。

 伊澄瑠璃子はゴトゴトと椅子を引いて立ち上がった。

 え?

 体が動かない。

 吸血鬼としての僕の力は腰巾着の腕を振り払うだけだったのか。

 再び、二人の取り巻きが僕の脇を固めた。

 今度は抜け出せない。彼女たちの力が強くなったわけではない。僕の体が麻痺したように動かないのだ。これは伊澄瑠璃子の力だ。

 僕の顔が固定された。黒崎みどりが僕の頭を押さえ込んだのだ。次に、僕の顎が下がった。白山あかねが僕の口をこじ開けたのだ。

 ダメだ。こんな時間、こんな場所で、こんなことをされるとは夢にも思わなかった。

 目を閉じ、再び目を開けると、

 間近に伊澄瑠璃子の顔があった。

 その顔を見てしまうと、心がとろけそうになる。心が折れてしまう。


 遠くで、松村と佐々木奈々が何か言っている。だが、よく聞こえない。

「鈴木くん!」

 大きな声を出しているのは、佐々木奈々の方だ。叫んでいる。何を言っているんだ?

「イ・ズ・ミ・さんの、血を・・」

 言葉が途切れて、意味不明だ。「伊澄さんの血」と言っているのか?

 分からない。どうすればいい?

 結界のせいで、佐々木の声が遮られているばかりか、佐々木も僕に近づくことができないようだ。

 佐々木も松村も体内に「あれ」を宿している。言わば、黒崎と白山の同類だ。何も出来ないのかもしれない。

 佐々木と松村は、伊澄瑠璃子の支配下にある。彼女の意に反する言動はできない。


 だが、僕はそうじゃない。僕にはちゃんとした意思がある。

 そして、僕以外にも、そんな人間がこの教室に一人いる。

 それは、君島律子だ。

 僕は心の中で叫んだ。「君島さん!」


「あんたたち、いい加減にしなさいよ!」

 気高く激しい声だ。君島律子が腰巾着二人を前にして仁王立ちしている。


「なによ、あんた」と白山あかねが応戦する。同時に二人は僕を離した。

 すると、黒崎みどりが思い出したように、

「ああ、思い出したわ。この子・・伊澄さんがこの学校に越してこられる前に、男子の人気を集めていた子だわ」と言った。「おっかしいわ。女のやっかみかしら」とくすりと笑った。

「そうでしたわ・・名前は、確か、キミシマ」

 そう言いかけた白山あかねの声をぶった切るように、

「君島律子よ!」と君島律子は大きく言った。「私の名前なんて、どうでもいいから、その汚らわしい手を屑木くんから離しなさい!」

 君島さんはそう言うのと同時に、黒崎みどりの手に触れた。

 だが、その動きよりも早く、白山あかねが背後から君島律子を羽交い絞めした。

「ちょっとっ、何するのよっ!」君島さんが抗議する。

 僕は「君島さんから離れろっ!」と白山あかねの体に触れようとすると、僕の動きは黒崎みどりに押さえ込まれた。

「あらあら。お二人とも、私たちにかなう相手ではなさそうねぇ」と侍女二人が声を揃えて言った。

 

 伊澄瑠璃子はそんな様子を観察しながら、君島さんにゆっくりと近づいていく。

 そして、うっすらと不気味な笑みを浮かべた。

「君島さん、あぶない! 伊澄瑠璃子から離れるんだ!」

「えっ?」君島さんの顔に当惑の表情が浮かんだ。

「彼女の口から、顔をよけるんだ!」

 今度は君島さんが伊澄瑠璃子に「あれ」を入れられてしまう。

 そんなことをされたら、君島律子も侍女二人の仲間入りだ。

 僕の唯一の仲間を失ってしまう。


 伊澄瑠璃子は、白山あかねに動きを封じられている君島律子の顏を両手で押さえた。

「な、なにするのっ」君島さんは何をされるのかわかってない。

 僕は黒崎みどりに「はなせっ、黒崎!」と言ってもがいた。何て強い力だ。

 これが「あれ」が入っている人間とそうでない人間の違いなのか?

 それは君島さんも同じだ。君島さんがやられる!


 君島さんの顔に、伊澄瑠璃子の顔が覆い被さった。

 もう終わりだ。君島律子の豊満な胸が上下している。

「んぷっ」

 君島さんの喘ぐ声が聞こえた。二人の口が重なる音がした。口の中に「あれ」を入れられる。


 その時だった。

 結界にいない者の声が聞こえた。

「屑木くん! 伊澄さんの血を吸って!」

 それは佐々木奈々の声だった。結界を破って、その声は僕に届いた。

 伊澄瑠璃子の血を?

 意味が分からない。

「佐々木、どういうことだ!」

 佐々木の方を見ても、まるで歪曲したガラスの向こうにいるようで、顔も見えにくいし、声が届かない。

 けれど、今は、他に方法がない。佐々木の言葉を信用する。


「のけええっ!」

 僕は渾身の力を体に込め黒崎みどりの拘束を振り解いた。

 結界もくそもあるか、

 こうなったら力まかせだ!

 次の瞬間には、伊澄瑠璃子の首筋に飛びかかった。同時に、君島さんの顔から伊澄瑠璃子が離れた。

「もうっ、何するのよっ! 女同士のキスなんて、気持ち悪い」

 君島さんは吐き捨てるように言って、唇を手で拭った。

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