第69話 保健室①
◆保健室
「吉田先生・・教えてくれませんか」
保健室で、僕は吉田女医に言った。
それまで机に向かっていた吉田女医は回転椅子をくるりと僕の方に回した。
思わず目を背けたくなる。なぜなら、
吉田女医は、ムッチリした太腿がほとんど剥き出しになるミニスカートで脚を大きく組んだからだ。脚を組んだ瞬間にはパンツも見えるのではないかと思ったくらいだ。
太腿よりも問題なのは、その胸元だ。彼女が吸血鬼化する前までは、そんなに気にも留めなかった胸が、今は何かの象徴のように大きい。切れ込みの深い襟開きの胸の谷間に自然と目が行っては再び目を反らす。
目に毒な光景だ。白衣とのアンバランスが更に色香を惹きだたせている。
それにしても他の教員によく注意されないものだな。
これは推測だが、教諭に注意されそうになると、催眠で相手の口を封じているのかもしれない。
吉田女医は、自分の生まれ変わった容姿を自慢したくてしょうがないらしい。その行く手を阻む者はどんどん催眠にかけていく・・勝手にそう思った。
その吉田女医は、僕や君島さんのような半吸血鬼とも違うし、松村や佐々木のように「あれ」が完全には入っていない。
伊澄瑠璃子に入れられる途中で、学校の用務員でもある父親の登場で未遂に終わった。
どちらかと言うと、僕や君島さんに近い存在なのではないか・・そう思って相談に来た。
「あらあら、屑木くんとは、この前、川べりで会ったばかりなのに、もうここに来たのね」
艶やかな笑みを浮かべ吉田女医はそう言った。「何か、私に訊きたいことでも?」
「あ、あの・・吉田先生は、誰かの血を吸っているのですか?」
直球的質問を投げてみた。
この前、川べりで会った時には、僕の血を吸いたい、と言っていた。
僕の質問に吉田女医は、しばし沈思した後、
「屑木くん、いきなり凄いことを訊いてくるのねえ」と微笑んだ。
「前に、僕の血を吸いたいと言っていたから」
僕がそう言うと、
「屑木くんは、誰かの血を吸ったことがある?」と訊かれた。
僕は名前は伏せて、直接吸ったわけではないが景子さんの血を飲んだこと、君島律子の血を吸ったことを話した。
僕の話を聞き終えた後、
「血を吸った時、不思議だとは思わなかった?」と吉田女医は言った。
「何がですか?」
「・・少量の血でもけっこう満足しちゃうでしょう」と確認するように言った。
確かにそうだ。景子さんの時も君島律子の時も、吸ったのはほんの僅かだ。
そんなものだと思っていたが、佐々木の首から吹き出た血の量や、血を吸われた白山あかねの干からびたような体を見た限りでは、僕の数量とは明らかに違う。
「それが・・『あれ』が体内にいる人間と、屑木くんのような人との違いよ」
そう言って吉田女医は再びムチッと張った太腿を組み替えた。多分、僕の視線を意識しているのだろう。からかっているのかもしれない。
「では・・『あれ』が入れられている人間は、大量の血を飲まないとダメなんですか?」
僕はただ佐々木や松村のことが心配なだけだった。
そんな僕の質問に、吉田女医は、
「そうとも限らないわね・・体内にいるのが、まだ小さければ、血を吸う量も屑木くんと変わらないと思うわ」と答えた。
だったら、佐々木も松村も、僕の状態と変わらないということか。
「でもね」と吉田女医は言った。「そのまま放置しておけば、いずれ、あの体育の 大崎先生のように、中身を全部食われてしまうわ」
「中身を全部?」
「あなたも教室での大崎先生を見たでしょう?・・」
そう言われると、体育の大崎や屋敷にいた男女と、佐々木や松村とは全く様子が違う。
佐々木達には「理性」がある。それが大きな違いだ。
しかし、放置しておくと、佐々木も大崎のようになってしまうのか?
吉田女医は僕が考えている事がわかるかのように、
「誰か・・屑木くんのお友達がそうなっているのかしら?」と訊いた。特に心配している風でもなく、ただの現象のように言った。
「僕の友人が吸われ、『あれ』を入れられました・・まだ、『あれ』は小さいと思うんですけど」
そう僕が言うと、
「『あれ』を取り出してあげたい・・そういうことね」
僕が頷くと吉田女医は、「掃除機で吸い出しちゃう?」とからかうように言った。
「先生、僕は真剣なんです」
「ごめんごめん」と吉田女医は笑った。「屑木くんの顏があんまり真剣なものだから、ついからかいたくなっちゃったのよ」
そして、吉田女医は「ごめんなさいね。お茶も入れずに」と言って奥の給湯室に向かい、しばらくすると日本茶を脇机に配した。
「心配しないでも、毒は入っていないわ」と微笑み言った。
僕が飲みかけると、「入れたのは睡眠導入剤よ」と言った。
思わず吹き出しそうになると、「それも冗談よ」と吉田女医は笑った。
この人・・掴みどころがない・・
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