第56話 「まだ完全ではない」①

◆「まだ完全ではない」


 螺旋階段を上がると、真っ暗な廊下が奥に続いている。よく見えないが、左右にそれぞれ小部屋があるようだ。


「やだ・・ここ、真っ暗よ」君島律子が不安な声を出す。

「仕方ない、どこか燭台を探さないと・・」壁伝いに手探りで燭台を探す。取り敢えず、一つを見つけ、火を灯す。

 明かりが灯ると、突き当たりに大きなドアがあるのが見えた。ちょうど下の大広間の真上に位置する部屋のようだ。

 佐々木はあの部屋にいるのか? それとも左右の小部屋のいずれかにいるのか?


 君島さんが僕の腕にしがみ付いたまま、

「ねえっ、私、もう我慢できないの」と訴えた。

「血を吸いたいんだろ」と訊いた。

「違うわよ・・変なこと、言わないでちょうだい」

「違う?」

「噛みたいの。屑木くんの喉を・・噛んでしまいたいの」

 それは、同じことだよ。血が飲みたくてしょうがないんだ。

 君島さんはまだ自分が吸血鬼化したことを自覚していない。

 僕の喉をを噛めば、僕の血を吸い上げてしまいたくなる。そこまでに想像が至っていない。

 そんな異常な会話を続けているうちに、廊下の奥に辿り着いた。

 ドアノブに手をかけようとすると、

「屑木くん、私、怖いわ・・中に入るのはよしましょうよ」と君島さんが言った。

 だが、君島さんはもう半吸血鬼だ。

 君自身が、既に怖がられる対象となっているのだ。

「だから、勝手に先に帰れ、っていったじゃないか」

「いやっ、そんなこと言わないでっ」

 そう言って君島律子は再び、僕の体にしがみ付いてきた。こんな状況でなければ、僕たちはとっくに男女の関係になっていたかもしれない。

 だが、君島さんは他に頼る人間がいなくて仕方なく僕と接しているのがわかる。


 ガチャッ、

 ドアノブを回し、重いドアを引いた。ギイッと更に重い音が響く。

 やはり、中は広い。ここが二階の大広間だ。かつての晩餐会用の部屋だったのか。

 幾つもの大きな窓には月明りが綺麗に差し込んでいる。そのせいで、燭台が無くても、何とか部屋の中を見渡せる。

 階下の広間との大きな違いは、まず、このように明るいこと。

 下のように大きなテーブルが無く、代わりに広間の中央には、人間が数人、横になれるような平たい寝台のようなものがでんと置かれている。

 なぜか、ここの空気は埃っぽくはなく、神聖な雰囲気が漂っている。


 だが、ここに松村と佐々木はいなかった。

 その代わり、ここに入る時に見た大学生らしき男女がいた。


「や、やだ・・あの二人、何をしているの?」

 君島さんが嫌悪感剥き出しの声を出す。その気持ちは、分からないでもない。

 かなり醜悪な光景だ。

 それは、寝台のような場所で、

 体育倉庫の横の物置で見たのと似たような行為が繰り広げられていた。

 男女は僕たちが見ているにも関わらず、その行為を中断しようとはしない。

 

 男と女の口の間に、何かが介在し、それが男から女の方へゆっくりと移動している。

 移動している物は、ヌルヌルしていて所々が光っている。

 僕は、あんなものを伊澄瑠璃子に入れられようとしていたのか。

 そして、それは、松村や伊澄さんの腰巾着の白山、黒崎の仲良しコンビにも入っていると思われる。

 あれを入れられると、吸血願望が抑えられるようになる・・本当にそうなのか?

 だが、保健医の吉田女医は、あのヌルッとしたものが完全に入り切るところを父親の出現で助けられた。

 そんな吉田女医は、吸血願望を抱いている。

 いずれにせよ、あんなものを体内に入れられるよりは、吸血願望を我慢した方がいい、そう思える。

 

「屑木くん・・あのヌルヌルした変なのは、何なの?」

 君島さんが、僕の腕にしがみ付き訊いた。

「僕にもわからないよ」

 口の中の物が、どちらから吐き出されたものかもわからないし、あの二人の内、どちらがここに来ることを誘ったのかもわからない。

 そして、「あれ」が何なのかもわからない。


 一つ言えることは、こんな場所にいても、ロクなことにはならないだろうし、一刻も早く佐々木の行方を探さないと・・


「君島さん・・とにかくこの広間から出よう」

 僕にピッタリと体を寄せている君島さんにそう言った。「ここには、佐々木も松村もいない」

「そ、そうね」と、君島さんは答えた。


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