第51話 地を這うもの②

 その様子を見て松村は、

「なあ、君島さん・・考え直してくれよ」と言って「君島さんは、あんなにこの屋敷に来たがっていたじゃないか」と続けた。

「知らないわよっ! こんな場所・・誰が来たがるもんですか!」

 君島さんの逆らう声が松村の身に堪えているようだ。

 そんな松村に、

「松村・・お前は、君島さんに暗示をかけたな」と言った。

 図星だったのか・・松村の「くっ」と洩れるような声が届いた。

「松村・・お前は、教室で体育の大崎から君島さんを救い、彼女から感謝されたことをいいことに利用したんだ」

 松村は黙っている。

「きっとお前は舞い上がったんだろう。高嶺の花の君島律子から好意を持たれたと勘違いしたんだ・・」

「黙れ!」松村がそれ以上僕に言わせまいとする。

「だがな、人を操るような催眠はダメだ・・どんなふうにして人に催眠をかけるのかは分からないが、人の気持ちを利用するのは絶対にダメだ!」


 それまで黙っていた佐々木がたまりかねたように、

「松村くん、屑木くんの言っていること・・本当なんですか?」と尋ねた。

 松村の返答が無い。


「もうっ、最低っ!」僕にしがみ付いたままの君島律子が言った。

 松村を罵り続ける君島さんの姿が、なぜかこの屋敷の雰囲気に最も似つかわしく、美しく見えた。伊澄瑠璃子不在の屋敷内では、君島律子がここの女王のような気さえする。


 君島さんの罵倒を受け松村は、

「もう少しだったのに!」と言って悔しがっている。

 何がもう少しだったのか、よくわからないし、知りたくもない。

 君島さんは、そんな松村の様子を見もせず、

「ねえ、屑木くん。こんな気味の悪い所、早く出ましょうよ」と僕の腕を引き急かした。

 佐々木も「そうですね」と同意した。


 その時だった。大広間の壁際に立てかけられている大きな楽器のケースの後ろの方でゴトゴトと揺れるような、何かがぶつかるような音がした。


「屑木くん・・何かが、います・・何かが、動いています」

 佐々木が注意を喚起した。

「佐々木、何かって?・・」僕は佐々木に問いながら、

 この瞬間、今更のように気づいたことがある。

「なあ、佐々木・・松村と君島さんより先に、大学生のカップルが入って行ったよな?」

「私も気になってました。あの人たちは、どこにいったんでしょう?」

 僕たちの会話を聞いて松村が、

「あの人たちは、たぶん二階だよ・・先に行ったんだ」と、また悔しそうに言った。

 ここに入る前、「先を越される」と言っていたのはそういう意味だったのか。


 その時、

「ひっ・・」と、君島さんが小さな声を上げた。「な、何か、いたわ」

 佐々木もそう言っていたし、君島さんも何かを見たらしい。

 しかし、暗くて分からない。僕はもう一つの燭台を探し当て、火を灯した。

 大広間が更に明るくなると、

 4人の互いの顔が良く見えるようになった。

 君島さんは僕にくっ付き過ぎていたのが、急に恥ずかしくなったのか、その身を離した。

 松村は気が抜けたように立ち尽くしている。


「屑木くん・・気をつけてください」佐々木が更に強く注意喚起する。

「何かが・・這っています」

「這う?」

「ええ・・ゆっくり這っています」佐々木が、「這う音が聞こえませんか?」と言った。

 耳を澄ます。

 ・・ずるっ、ずるっ・・

 確かに何かが這っている。広間の壁際だ。

 どこだ? どこにいる・・人間か?

「おい、松村・・お前は、この広間に、何かがいることを知っているのか?」

 何も言わない松村に僕は怒鳴った。

 だが、松村は知らない・・そう思っていたが、

「ああ」と松村は短く答えた。知ってるのか?


「何がいるんだ!」僕は松村を問い詰めた。

 すると、松村はこう言った。

「あれが・・血を吸うんだよ」

 あれが血を吸う?

 あれとは何だ? 前回、屋敷に来た時も、そいつはいたのか?


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