第21話 山小屋のお話

◆山小屋のお話


「どうします? もう帰られますか?」

 伊澄瑠璃子はそう言って全員の顔を見渡した。

 委員長の神城は一刻も早く、ここを出たそうにしている。同じく弱気の腰巾着の白山あかねも同様だ。佐々木は肝が据わっているのか、どちらでもよさそうだ。

 唯一、伊澄瑠璃子の信奉者のような黒崎みどりが彼女の出す提案に積極的に賛成している。

「もう暗くなってきましたね」と伊澄瑠璃子が言うと、

 黒崎みどりが「誰か、ライターを持ってないの?」と見回した。

 確かに、5時近くになると、かなり暗い。ぼうっと互いの顔がやっと認識できる程度の明るさだ。

 僕が「ライターならあるよ」と鞄から100円ライターを出した。

 神城が「ちょっと、屑木くん。どうしてそんなものを持ってるの? 煙草を吸うの?」と問い詰めた。いかにも委員長のセリフだ。

「いや、何かの時のために持ってる」

 僕はそう言って、近くの燭台の蝋燭に火を付けた。

「ほら、役に立ったろ」

 闇の中、部屋がぽっと明るくなる。互いの顔も何とか見える。ちょっと薄気味悪い顔だが、それは皆同じだ。


 神城と白山が「もう帰りましょう」というセリフを遮るように、

「神城さんがここへ来た目的・・松村くんの顔・・」

 と伊澄瑠璃子が話を切り出した。

「松村くんの顔がおかしくなったのは、私、何となくわかりますよ」

 切れ長の瞳が更に細く鋭くなった。瞳の横幅が縮んだようにも見える。

 神城が、「えっ、伊澄さん、わかるの?」と驚きの声を上げた。

 その言葉に佐々木奈々が「・・伊澄さん。もしかして、以前にここに来たことがあるとか・・」と問うた。


 伊澄瑠璃子はその言葉を聞いているのか、いないのか・・こう言葉を続けた。

「骨を支える物が減ったからだと思います・・」

 骨を支える物?

 神城が「骨を支えるって・・何よ?」と訊いた。

 そのやり取りに白山あかねが「もうやめてよ。そんな話はっ、気味が悪いわ」と大きな声を出した。

 そう言った白山に黒崎みどりが、

「ちょっと、あかね、伊澄さんが面白い話をしているのに、なんてひどいことを言うのっ!」と剣幕顔で怒鳴った。

 

 その様子に伊澄瑠璃子が、「うふっ、白山さんは、本当に、ここにいたくないようですね」と冷笑した。

 黒崎みどりは信奉者に徹しながら、

「それで・・骨を支えるものって何ですか? 伊澄さん、教えてくださいな」と言った。

 黒崎の投げかけた質問に伊澄瑠璃子は、「それは、血よ」と答えた。

 血・・

「彼の顔は、血が失われたことで、萎んでしまったのよ」

 しぼんだ? それで松村の顔がそう見えたのか・・同じく体育の大崎も。

 だったら、そうしたのは・・誰だ?

 松村の場合は不明だが、体育の大崎は伊澄瑠璃子との接触の後にそうなった。

 ・・ということは、松村がここに来た時、伊澄瑠璃子もいたのか・・


「やめてったら!」白山あかねの声が再び上げられ、何度か部屋中に反響した。

「あんたの大きな声の方がよっぽど怖いわよ」と黒崎みどりが叱咤する。


 そう言った後、黒崎みどりは、再び話の主である伊澄瑠璃子に向き直って、

「それって、まるで吸血鬼の話みたいですよね」と好奇心丸出しの声を出した。それが本当の気持ちなのか、それとも信奉者を装った芝居なのか定かではない。


 そう言った黒崎みどりに、伊澄瑠璃子は、

「あら、黒崎さんは、吸血鬼の話を御存じなのかしら?」と言った。

 黒崎はその言葉に戸惑いながら、

「え、ええ・・本で読んだ話くらいですけど」と応えた。

伊澄瑠璃子は「ぜひ、その話を聞きたいわ」と黒崎の話を促した。


「ええっ、伊澄さん。私のような者が、伊澄さんに話をしていいんですか?」と黒崎は感極まるように言った。

 どれだけ、伊澄さんに憧れているんだよ。

「うふ、私に話をするんじゃなくって、皆によ」

 そう伊澄瑠璃子は言った。

 黒崎みどりは「ええ」と言って、

「私の知っている吸血鬼の話は・・」と切り出した。


「お願いッ、みどり、もうやめてっ」

 白山あかねが両耳に手を当てた。

 だが、白山がストップさせても黒崎は語り始める。

「大学生の男女6人の話なんです・・」

 一人でこの場を離れる勇気もない白山は話を聞くしかない。

 神城も佐々木も、そして僕も黒崎の話に耳を傾けるしかない。どうせくだらない子供じみた怪談話だろう。

「卒業祝いに6人の若者がスキーをしに雪山を訪れました・・昼間もスキーを楽しみ、更に夜間スキーまで楽しんでいた6人は、ある夜、雪山で遭難してしまうんです」

 黒崎は話をするのが苦手なようだ。しきりに伊澄さんの顔色を伺いながら話を進めている。つまらない話をすれば、伊澄さんに嫌われる・・とでも思っているのだろう。


 佐々木が「遭難したら、山小屋とか見つけて、そこに避難する展開なんでしょう?」と物語の先を読むように言った。それは言わない方がいいと思うが。

 黒崎は「え、ええ・・」と答えた。佐々木に邪魔されたような格好だ。

 それでも、伊澄瑠璃子は、

「その山小屋に入った6人はどうなるのかしら?」と黒崎に話を続けるように促した。


 次第に黒崎は震えるような声となって、

「その内の一人がこう言うんです・・『幸いにも食料は小屋の中にじゅうぶんある・・助けが来るまでここで夜を明かそう』と提案しました。誰も反対する人はいませんでした。そうするしか仕方ありませんから」

 神城が「その人達、助かるの?」と尋ねた。

 黒崎は「それはまだ言えない」と言う風に目配せした後、

「6人は小屋で暖をとりながら、小屋の中で夜を明かしました」と続けた。

 佐々木がまた「そこに吸血鬼が現れたんですか?」と恍けた声で尋ねた。

 黒崎みどりはそんな佐々木の顔をキッと睨みつけ、話を進める。

「朝が、来ました・・朝が来ても助けは来なかったようです・・そして、6人の内の一人の女性が叫びました・・Aさんが死んでいる! と」

 佐々木は「えっ、いつ噛まれたんですか? 吸血鬼は出てきてませんよね?」と話を確認する。


 そんな佐々木を無視して黒崎の話は続く。

「Aさんはただの死に方ではありませんでした・・血を吸われていたのです。首筋には小さな穴が開いていて、そこから体中の血を全て抜かれたようになっていました」

 佐々木が「えっ・・噛み跡じゃないんですか?」と言った。


「もういい加減にしてよっ、みどり!」

 白山あかねが叫んだ。

 そんな白山に伊澄瑠璃子が向き直り、

「うるさいですよ・・白山あかねさん」と強く言った。

 その声に白山あかねは「ひいっ」と絞め殺されるような声を上げ、黙った。


「仲間の一人が血を抜かれて死んだことで、皆は考えました・・夜中に吸血鬼が忍び込み、Aさんの血を吸い上げた・・そうとしか考えられません」

 黒崎は話しながらも伊澄瑠璃子の方をチラチラと盗み見ている。


「そして、いつまで経っても助けの来ない小屋の中で第二夜を過ごすことになりました。残された若者たちは、ドアを厳重に塞ぎ、窓もしっかりと封鎖しました。これで、吸血鬼であろうが、狼男であろうが誰も入ってくることができません」

 神城が「そんなに封鎖したら、助けが来ても、わからないわよ」と指摘した。

 そんな茶々入れにめげず黒崎は話し続ける。

「結局、戸締りを厳重にしても、朝が来れば、一人死んでいたのです。死因はAさんと同じでした」

「きっと幽霊のしわざよっ」と白山あかねが言った。

 その大きな声に伊澄瑠璃子の顔が向き直る。

 佐々木が白山に「あまり、騒がない方がいいですよ。伊澄さんに怒られますよ」と制した。

 燭台の蝋燭が消えそうなので、僕は他の燭台にも火をつけた。全部で4本の蝋燭が部屋をほんのりと明るくした。


「誰も入ってこなかったのに、二人目が死んだ・・残された4人は懸命に考えます・・誰も侵入していないのに、人間が一人づつ、体中の血を全て吸われて死ぬ・・結論は一つしかありませんでした」

 そういうことか・・

「つまり・・この中の誰かが吸血鬼である、4人はそういう結論に辿りつきました」

 神城が「その吸血鬼は誰なの?」と言った。ここまで話を聞けば知りたくなるのが人情だろう。

「疑心暗鬼に陥った4人は、吸血鬼の嫌いそうな十字架などでお互いを確認し合います。けれど、4人とも十字架を見ても反応しない」

 つまり、4人の中には吸血鬼はいない・・そういうことか。

 次第に僕も黒崎みどりの話に興味を示し耳を傾けていた。・・というよりも話を聞くしかなかった。聞かないと、白山あかねのように伊澄瑠璃子に注意される。そんな気がした。


「仕方なく、4人は第三夜を迎えることになりました」

「また朝が来たら誰か死んでいたのね」そう神城が言った。

「ええ、その通り・・しかも今度は二人同時だったのです。残った二人は男女一人ずつ、しかも恋人同士でした。けれど、二人はこんな場所で死にたくない・・そんな恐怖で心が一杯でした」

「どうなったの?」神城が訊いた。


「疑心暗鬼にかられた二人は互いに、相手が、つまり恋人が吸血鬼だと確信しました。そこで二人は恋人同士であるにも関わらず、お互いに相手を殺傷する武器を手にしました」

 佐々木が「ええっ。恋人同士でそんなことをしますか」と大きな声を出した。

 黒崎は、「結果はもうお分かりでしょう? いくら武器があるとはいえ、女性の力は男にはかないませんでした」

「死んだのね・・女性の方が」と神城が小さく言った。

「ええ・・男の人、一人だけが小屋に残されたの・・男は自分の恋人が吸血鬼だったのだ・・そう思うことにしました。だから、僕はもう吸血鬼に殺されることはない・・そう確信しました。体中から、この数日間の疲れがドッと出てきました」

「一人だけ、なんとか助かったのね・・」

 神城が一件落着のように小さく言った。

けれど、黒崎の話はまだ続くようだった。

「男は、5人の遺体を見ながら大きく息を吐きました。この数日間の緊張感が抜け、安心したのです・・・けれどその時、ふと自分の体の一部に違和感を覚えました・・それは首です。男は気になって首筋に手を当てました。その首には小さな穴が・・」


 そういうことか・・吸血鬼は最初から小屋の中に、

 そして、その姿は人には見えなく・・

 僕がそう思った時、それまで黙っていた伊澄瑠璃子が、

「あら、白山さん・・首に穴が開いているわよ」と言った。


 指摘された当の白山あかね本人は「えっ」と声を上げて、首筋に手を当てた。

しばらく首に手を当てた後、指を離すと・・なるほど、伊澄瑠璃子の言う通り、白山あかねの首に小さな穴が開いていた。

 だが、それが穴だと認識したのはほんの僅かな間だった。

 その穴から何かが突然、糸のように吹き出してきたからだ。シューッと小さな音が聞こえる。

 それは白山あかねの血だった。

 暗闇の中、それが血だと分かるには少し時間がかかった。それは本当に糸のように細長く見えるものだったからだ。

「ええっ・・あかね?・・」

と、ついさっきまで怪談話をしていた黒崎みどりが友の名を呼んだ。状況が理解できないようだった。

 だが、その光景を理解した神城涼子と佐々木奈々が「きゃあっ」と声を揃えて叫んだ。

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