第20話 大広間
◆大広間
そんな会話を続けた後、
屋敷の中央に位置すると思える大広間に出た。ここは窓から射し込む明かりで廊下よりはかなり明るい。
西洋柄のぶ厚い生地のカーテンがあるが、それらは全て開けられている。
それに・・なるほど、窓際には大きな楽器のケースのようなものが立て掛けられている。それも20ケースはある。
「楽器のケースって・・みんな同じ大きさですよね」と佐々木が言った。
大きさが均等・・
広間にあるのは楽器のケースだけではない。
中央に晩餐でもできそうな大きなテーブル、そして、豪華な造りの椅子。壁側には応接セットがあり、大きなソファーもあちこちにある。小規模のパーティくらいなら十分できそうだ。
壁には西洋絵画が掛けられているが、放置されているということは贋作なのだろうか?
絵は民衆が決起しているものや、男がはりつけになっている絵がある。おそらくマリア様と思える女性が赤子に授乳している絵もあった。
そして天井からは、これでもか、と思われるほどのゴージャスなシャンデリアがぶら下がっている。だが、埃だらけで、蜘蛛の巣が天井からシャンデリア向かって垂れている。
壁のあちこちには燭台があり、蝋燭は短くなく長い・・ということは時折誰かが使っているということになる。
神城が「どこかに、電気を付けるスイッチがあるんじゃない?」と言った。
そう言った神城の声が木霊した。
神城は言ってから「やだっ、私の声が二回聞こえたわ」と驚きの声を上げた。二階ではなく三、四回響いた。
佐々木も「ここは廃墟だから、電気なんて・・」と言いかけ、また反響したので「確かに怖いです!」と言った。
その後ろで白山あかねが耳を塞いで「ひいっ」と鋭い悲鳴を上げた。
「もうしゃべらないでっ」白山はヒステリックに言った。おそらく反響する声だけでも怖いのだろう。
黒崎みどりが「あかねったら、大袈裟よ。伊澄さんに笑われるわよ」と戒めた。
そう言った黒崎本人が「ひッ」と小さく言って「なんだぁ、蜘蛛の巣か」と笑った。
黒崎の方に蜘蛛の巣がかかっている。
そんな黒崎を見て怯えていた白山が「あははっ。みどり、おかしいわ」と笑った。怯えすぎて緊張がほぐれたのだろうか。
そんな双子のような二人とは関係なく神城が、
「ねえ、ここって、二階もあるのよね」と佐々木に尋ねた。
佐々木が「あそこに階段がありますから、上がれますよ」と答えた。
闇の中に大きな螺旋階段が見える。その上は大きな暗黒のようにも見えた。
螺旋階段を見て神城は、
「別に上がる気はないけど・・もしかして、二階に人がいるってことはないのかなって思って」と言った。
「確かに、二階にベッドとかあれば逢引には格好の場所ですよね」と佐々木が言った。
すると白山あかねが又「いやよ、こんな場所でなんかっ」と大きく言った。
そんな言葉が相方の黒崎みどりの反感を買うことなど考えていない。
黒崎みどりは「別にここでいちゃつけ、なんて誰も言ってないじゃない」と不機嫌な声で言った。
それまで沈黙を保っていた伊澄瑠璃子が、
「結局、みなさんは、一体ここに何をしに来られたのかしら?」と唐突に言った。
気がつくと伊澄瑠璃子は広間の中心にあるテーブル近くにいた。残り4人も彼女の声に呼びかけられたように中心に集まった。
そして、神城は全員に答えるように、
「そもそも、男子の松村くんの顔がおかしかったからよ。動機はそれだけよ」と投げやりに説明した。
「わ、私たちは、伊澄さんが行かれると言うから・・」と白山あかねが小さく言った。
その声に黒崎みどりが、「ちょっと、あかね、ここに来たことを伊澄さんのせいにするつもり?」と憤った。
白山あかねは「そういうわけじゃないけど」と弱々しく首を振った。
伊澄瑠璃子は神城に「それで、神城さんはここに来られて、松村くんの顔が変になった理由はわかったのかしら?」と尋ねた。
「全然、わからないわ」と神城涼子は答えた。
伊澄瑠璃子は皆の中心にいる。
「どうやら、ここに来る理由は、特に何もなかったわけですね」
冷たい声が大広間に反響する。
「だから、松村くんの顔が変で・・」と神城が言いかけると、
壁際の楽器のケースの一つがゴトッと音を立てた。
神城と白山が「ひッ」と合わせて大袈裟な声を上げた。
黒崎みどりが「ネズミでも走ってるんじゃない?」と適当に言った。
そんな音に一つも動じない伊澄瑠璃子は、
「どうせなら、ここでみんなで面白いお話でもしていきましょうか?」と提案した。
彼女の信奉者のような黒崎みどりが、「伊澄さん、それ、肝試しみたいで面白そうですわ」と言った。
白山あかねは「みどり、まだここにいるつもりなの? もう十分でしょ」と言った。
神城も「そうね、もう十分探検はしたわ」と言って早く帰りたそうだ。
佐々木奈々は「でも、どうして、松村くんはここに来て、顔が変になったのでしょうか?」
「うふっ・・」と伊澄瑠璃子は微笑んだ後、
「この世界には、元の場所に帰りたくても、帰れないこともあるのかもしれませんね」と言った。
帰れないだと・・
そう言った伊澄瑠璃子の言葉の真意がわからない。
ここからはすぐに外に戻ることはできる。敷地外まで走れば二分とかからない。
だが、何故かその時、僕は来てはいけない場所に足を踏み入れた・・そんな気がしていた。
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