第18話 旧ヘルマン邸二号館①

◆旧ヘルマン邸二号館


 旧ヘルマン邸二号館・・通称お化け屋敷、又は幽霊屋敷と称される建物は大学の裏手の坂を上がった所にある。

 位置的には十文字山の麓、登山道に入る道の脇にある。その向こうには深い竹林だ。

 屋敷は木造の二階建て、和風ではなく洋館だ。窓はどれもアーチ状で細長い観音開き。

 屋敷の周囲を伸び放題の雑草が囲んでいる。おそらく以前は小奇麗な庭園だったと思われるが、今は何の面影もない。ただの鬱蒼とした茂みだ。

 そして、その雑草だらけの庭を更に囲んでいるのは、朽ちかけた煉瓦塀と、雰囲気に似つかわしくない鉄条網だ。


 金曜日の放課後、僕と委員長の神城涼子とその友達の佐々木奈々、そして、学園の羨望の的の伊澄瑠璃子と、その腰巾着の黒崎みどりと白山あかねの計6人は、打ち合わせ通り、屋敷前に集まった。全員が高校の制服のままだ。


 僕たちは屋敷を見上げた。

時刻は夕方の4時。太陽は暗い雲の中に隠れている。

 ここに出入りしているという大学生たちもいない、当然、この時刻に逢引など誰もしないだろう。立ち入り禁止にもなっていないのか、貼り紙や立て看板の類も見当たらない。

 これじゃ、まるで子供のお化け屋敷探検だ。

 度胸試しで中に入って、誰が一番奥まで入れるかを競い合う・・そんなレベルの行事にも思えてくる。


 僕の横にぺったりと引っ付く神城が、

「ここって・・本当に大学生が楽器の物置に使っているの?」と疑問を投げかけた。

 佐々木も「なんでわざわざこんな所に大事な楽器を置いたりするのでしょうか?」と同調した。

「それにこの場所は何だか湿気ているし、楽器の保存にはよくないと思うけど」

 と神城が言うと、佐々木が「涼子ちゃん、そんなことより、ずいぶんと屑木くんに寄り添ってますね」と冷やかした。

 そう指摘された神城は慌てて「ちょ、ちょっと奈々、そんなんじゃないんだって」と言って僕と距離を置いた。

 神城が佐々木奈々に「奈々は、松村くんと一度ここに入ったんでしょ」と確認した。

「でも、私が入ったのって・・玄関までですよ。すぐに引き返したんですよ」と佐々木は説明した。

 こんな場所、女の子の行くところじゃないな。


「あんたたち、ひょっとして怖いの?」

 伊澄瑠璃子の腰巾着の一人の黒崎みどりが、からかうように言った。

 神城は黒崎の言葉に動じず、

「怖いと言うか・・この場所って、ちょっとおかしくない?」と言った。

「おかしいって・・何がよ」と同じく伊澄瑠璃子の金魚のフン的存在の白山あかねが言った。

 僕は神城と佐々木を庇うわけではないが、

「黒崎たちもおかしいと思わないか? ここの鉄条網、まるで入られることを強く拒んでいるように見えるし、肝心の大学生など出入りしている様子もない」と言った。

 もし、大学生が出入りしているのならどこから屋敷に入っているのだろう?


 佐々木が鉄網でできた臨時の扉を見ながら、

「おかしいですね。前に来た時は、ここの網の戸が開いていたんですけど、今は鍵がかかってますね」と言った。

 見ると、自転車のタイヤをロックするような鍵がかけられている。これでは中に入ることができない。

 鍵を見た神城が「もうやめようよ」と言った。目の前に小さな障害があると、すぐに引き返す。神城はそんな性格のようだ。

  

 そんな僕たちの様子を背後から黙って見ていた伊澄瑠璃子が、

「みなさん。あちらに網が切られている箇所がありますわ」と壁の北側を指差した。

 その方向には、なるほど、人が一人ようやく入れるほどの隙間がある。よく見つけたな。

 黒崎みどりが、「さすがは伊澄さんだわ。目もいいのね」と褒めちぎって「あそこから入りましょう」と皆を急かした。

 神城は「なんか、やだなあ」と気の進まない声を出した。そんな神城に佐々木が「涼子ちゃん、ここまで来て帰ったりしたら来た意味がないですよ」と言って背を押した。

 僕も佐々木に合わせて「神城は委員長の責務って、言ってたじゃないか」と後押しした。

 神城は「でもぉ・・」と言って「先頭は屑木くんね」と僕の背後にまわった。

 すると、佐々木が「私は玄関までは一度来てるんで、私が案内しますよ」と言って先頭にまわった。

 佐々木を先頭に、僕、神城と続き、その後ろを黒崎、白山、最後尾が伊澄瑠璃子という順番に鉄条網の隙間を抜けた。


 全員が敷地内に入ると、黒崎が「やだあ、汚い!」と大きな声を出した。「制服が汚れちゃう」

 確かに茂みの中は外で見るのと違って遥かに汚い。蜘蛛の巣はあちこちにあるし、足元は枯葉や枝木で埋め尽くされている。

 雑草や、左右から迫るような木の枝がピンピンと体のあちこちで跳ねる。


 おそらく僕も含めて神城も他の皆もここに来たことを後悔しているだろう。それにあと数時間で夕暮れだ。こんな場所が暗くなったらたまったものじゃない。


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