第3話 逢引する男女
◆逢引する男女
「なあ、屑木・・」
休み時間、僕の名を呼んだのは、自称、僕の友達の松村だ。
中学の時からの連れ合いで、僕の名が松村に「くず」と略されるのに対して、松村は略しても面白くないので、ただの「松村」と呼んでいる。
松村は痩せぎすのひょろっとした男だ。つき合いは長いが、それほど深くはない。
何の話かと思えば、猥談まがいの男にしかわからない話を始めた。
「大学の裏手のお化け屋敷・・屑木も知ってるだろ?」
大学も山も、お化け屋敷も近所だ・・屋敷は、大学のただの物置だ。
「あの屋敷はただの物置だろ。それにお化けなんかいない」
僕が興味なさげに答えると、
「違うんだよ。屑木。俺の言っているのは別の話でさ」とムキになって話し始めた。
「それで?」と僕が促すと、
「あの屋敷の中さ・・あそこで大学生の男女が逢引、つまり夜な夜なデートしたり、乳繰り合っていたりするらしいんだ」
松村は興奮しながらしゃべっているが、
「おまえ、中学生かよ」
そんな話、高校生なら対象外だろ。覗きとかしたい年なのか?
「なあんだ。屑木はそんな話は興味ないのかあ・・」と松村は残念そうに言った。
あまり無下に扱うと松村に悪いので、
「そんな話、誰に聞いたんだ?」と訊ねると、
僕の問いかけに松村は嬉しそうに、
「他のクラスの奴が言ってたんだよ。そいつら、覗きに行ったんだってさ」と話した。
やっぱり中学生男子だ。他人の情事を見てどうするんだ?
僕は「それで、松村も見に行きたいって・・そういうことかよ」と断定した。
「一人じゃ、いけないだろ。そんなところ、怖いしな」
松村は僕を覗きにつき合わせようとしているんだな。
「何度も言うが、お化け屋敷じゃないんだよ」と僕は強く言った。
高校生は高校生らしく、勤勉を重ね、スポーツに励み、
普通のありふれた恋でもしてろ!
僕があまりにも興味を示さないので松村は「ちぇっ」と舌打ちして「つき合いの悪い奴だなあ・・」と言ってつまらなさそうに立ち去った。
だが、後から思えば、そんな子供っぽい松村の誘いも断るべきではなかったのかもしれない。
翌日、学校に来た松村の肩を叩いて僕は冗談っぽく、
「あれから、覗きとかしに、例の屋敷に行ったのか?」と訊くと、
振り向いた松村は浮かない表情で「ああ・・行ったよ」と一言返しただけだった。
その目が虚ろだったのが少し気になる。その目は僕の方を見ていない。遠くを見ている。なぜかそんな気がした。
「何かあったのか」と訊こうと思ったが、あまりに不愛想な返事なので、僕はそれ以上は話しかけなかった。
それも、あとから思えば、もっと追究すべきだったのかもしれない。
と、僕は後悔している。
僕の家は、大学にも近く、当然、その裏山の麓の屋敷にも近い。
僕らの通う高校は、大学の南に位置している。だから、お化け屋敷の噂はほとんどの生徒が知っているし、大学の音楽部の物置に使用されていることは八割がた知っていることだろう。
そして、松村のように色ごとばかりを追いかける連中が、屋敷を出入りする男女を見て色々と想像をして興奮してもおかしくはない。僕がさめているだけなのかもしれない。
ただ、僕は、そんな物置のような汚い場所で逢引をする人達の心情が理解できないし、それを覗きたいとも思わない、そう思うだけだ。
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