第448話 最後の問い③

「つまり、加藤は僕が透明化していても、僕の姿が完全に見えたんだよ」

 加藤に見えるようになった・・と言った方が正しい。

 僕が初めて教室で透明人間になった時、加藤には全く僕の姿が見えていなかった。それからずっとそうだった。

 大波の大プールでも加藤には見えていなかった。

 けれど、いつからだろう。川辺で二人で歩いていた時、加藤は僕の姿が薄っすらと見えだした。

 そして、学祭のキリヤマ事件の日だ。

 その場に居合わせた小清水さんはもちろんのこと、加藤にまで僕の姿が見えていた。

 そうなってくると大変なのは、

 僕が見える人間とそうでない人間が同時にいた場合だ。

 水飲み場の時がまさしくそうだった。

 僕が完全に見える加藤と、透明どころかく僕の存在に全く気づかない女子の陸上部員が同時に鉢合わせした。

「ここまで影が薄いのも大概だな」とか、「実は僕は透明人間なんだよ、あははっ」と仮に冗談を言ったとしても、それは冗談で言える段階ではなくなった。

 女子部員には僕の姿が全く見えておらず、加藤は僕の姿を完全に認めていたからだ。薄っすらですらなかった。

 加藤には影の薄い男として認知されていたが、薄いどころではなく、透明になってしまったら洒落にならない。


 速水沙織はしばらく沈思した後、

「加藤さんは、本当にそんな話・・透明化の話を信じたの?」と訊ねた。

 普通はそう言うだろう。誰も透明人間のことなんて信じることはできない。

 僕も分からない。けれど、

「加藤は、『信じる』・・そう言ったんだ」僕は強く言った。

「あの加藤さんが、透明化のことを・・」

 速水さんはまだ僕の話を信じていないみたいだが、加藤は信じてくれた。それは、僕だからだ。

 僕は速水さんの顔を見た。

 同じように速水さんは僕の目を覗き込むように見た後、視線を外した。

 そして、強張った顔を解くと、

「別にかまわないんじゃないの。加藤さんなら・・」と速水さんは投げやりに言って、

「透明化した鈴木くんの姿が見えても、透明になった私は見えないでしょうから、私には関係ないわ」と続けた。

 少しぞんざいな言い方だ。

 速水さんは、加藤のことも僕の透明化のことも私には関係ない、と言いたげだ。

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