第417話 透明人間と加藤ゆかり③

「加藤・・」と僕が言い淀むと、

「そんな人、いるわけないじゃん」それまでの快活な口調が一転した。

 夕暮れの陽が、更に傾いた。

「生まれて初めてだったんだよ」

「え・・」

 逆光で加藤の表情がよく読み取れなかったが、声はよく聞こえた。

 僕が訊き直そうとすると、

「私、デートしたの、鈴木しかいないんだから!」

 それは叫ぶような声だった。


「あの日のこと・・加藤は憶えているのか」

 映画館、本屋さん、そして、喫茶店での加藤の言葉・・

「ねえ、鈴木、私がもし鈴木とまたデートしたいって言ったら、どうする?」

 あの時、加藤はそう言った。

「ごめんね。鈴木をいじめているみたいだね。気にしないで」

 加藤は泣き笑いのような顔で、

「私、鈴木のこと、好きじゃないから、安心して」と言っていた。

 

 今、思う・・それは嘘だ。


「そんな大事な思い出、忘れるわけないじゃん」

 加藤の叫びは途中で切れた。陸上の女の子が駈け寄ってきたからだ。

「ゆかり~ そろそろ始めるよ~」

 加藤は女の子の方に振り返った。

 しまったっ、まずいっ!

 僕は自分の体を見た。

 まだ体が透明化している。どうする? この場から逃げ出した方がいいのか?

 いや、それはできない。加藤を置いて逃げ出せない。

 決断できぬまま、立ち尽くしていると、

「ゆかり、一人で、何を話しているの、独り言?」

 女の子は、怪訝な顔つきで訊いた。

「えっ、一人じゃないよ」

 加藤は僕の方を指しながら、「私は、鈴木と・・」

 加藤はこう言おうとしたのだろう。

「私は鈴木としゃべってる」と。

 そう言いかけた加藤の顔に困惑した表情が浮かんだ。

 なぜなら、女の子は、僕の姿を認識していなかったからだ。

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