第416話 透明人間と加藤ゆかり②

「あの後、特に何もなかったよ」と僕は返した。

 それは嘘だ。

 あの後、水沢さんとも話している所に、キリヤマの娘のヤヨイが現れた。

 更に、速水さんからヤヨイの人格にまつわる話も聞いたし、小清水さんの多重人格者のヒカルとも出会った。

 でも、それを加藤に言ってどうなるというんだ?

 加藤とは何の関係もない出来事だ。僕と加藤は只のクラスメイトだ。

 そもそも加藤との距離が近づいたのは、加藤にあの佐藤との仲を取り持って欲しい、と依頼があった日からだ。

 だが、その結果、加藤は佐藤に振られた。その過程は残酷なものだった。佐藤は加藤のことを女としてどころか、人としても見ていなかった。

 そして、僕の生まれて初めてのデートの相手は加藤だった。

 そのデートは偽りのものだった。

 図書館のラウンジで加藤といるところに、石山純子が現れたからだ。石山純子には連れの男がいた。

 僕は石山純子を意識しながら、加藤に「デートしよう!」と言った。

 それは、あくまでも衝動だった。自分でもその時の心情が分からないくらいだった。

 それまでラウンジには、水沢さんもいたりしたが、水沢さんには言わなかった。

 どうして、僕は加藤をデートの相手に選んだのだろう。

 デートが偽りのものであったことは加藤も知っている。だから、その後、僕らは何もしていない。交際と呼べることは何一つしていない。

 あの時は、映画を観に行ったり、本屋や喫茶店に一緒に行ったりした。そして、手も繋いだ。

 加藤は、あの時のことを憶えているだろうか。


 話を僕の事からそらそうと、

「加藤、水沢さんから聞いたよ。陸上大会に出るんだって?」と言った。

 すると加藤は、

「純子、もう鈴木に話したのかぁ、しょうがないなぁ」と照れるように言って、

「部員には、あまり期待しないで、って言っているんだけどね。言った以上は引き下がれなくってさ」と笑った。

 加藤の屈託のない笑顔を見ながら僕は、

「でもすごいと思うよ。怪我から立ち直るなんて」と言った。

 すると、加藤は僕の顔を改めて見つめて、

「鈴木、大会の日、見に来てくれる?」と言った。なぜかぎこちない表情だ。

 えっ、

 僕が加藤の走るところを見に行く・・それはどういうことなのか。

 

 加藤のぎこちない表情に向かって僕は、

「水沢さんから聞いたよ・・加藤は、自分の走るところを見せたい人がいる、って」と言った。

 突然、加藤の顔が歪んだように見えた。泣き出す直前のような顔だ。

「純子はそんなことまで鈴木に言ったんだね」

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