第397話 僕は君に何も返していない④

 ヒカルはバツの悪い顔をして、

「悪いな。変な所に来てしまったみたいだな・・」と誰ともなく言った。

 その目は何かに困惑しているような目だった。誰かに相談したい。そんな雰囲気だった。

 だが、僕と速水さんの様子を見て、気を利かしたのか、そのまま出て行った。

「ヒカル・・」

 僕は咄嗟に思った。不良少女のヒカルが部室に来るはずがない。ヒカルは本には無関心の不良娘だ。本来のヒカルであれば、文学少女の小清水さんの束縛から解き放たれ、ふらふらとどこかに遊びに行くはずだ。

 そのヒカルが部室へやって来たというのは何か理由があるはずだ。


 僕は速水さんの方を見た。速水さんは打ちひしがれているように見えた。

 行動の決断が迫った。

「さっきの小清水さん・・ヒカルだったよな?」僕は速水さんの確認を求めるように言った。

 すると速水さんは顔を上げた。やはりその目は僕の想像した通りだった。誰かに助けを求めている。

「鈴木くん・・」僕を呼んだ声が途中で止まる。

 様々な速水沙織がそこにいる。一人の人間の中に相反する人格がある。

 誰かに救いを求める速水さん。そして、強がりな速水沙織。

 ただ言えるのは、表に出るのは、いつも強がりな方の速水さんだ。

つまり、速水沙織という人間は、思っていることと正反対のことを言う性格だ。

「鈴木くん。沙希さんの所に行ってあげて・・」

 速水さんはそう言った。「ヒカルを追いかけて」そういう意味だ。

 予想通りの言葉だった。

 速水さんはそう言った後、僕から目を逸らしながら横を向いた。そして窓の方に体を移した。そこには暗くなった夕刻の空がある。


「その言葉が速水さんの本意ではないことを僕は知っているよ」

 僕は速水さんの子事を見透かすように言った。

 すると、速水さんは僕に向き直って、

「でも、部室に留まることも鈴木くんの気持ちではないのでしょう?」と言った。

 それも当たっている。

 僕たちはお互いの心が分かっているのに、いつもこうしてすれ違う。

「鈴木くんは、ヒカルが気になって仕方ないのでしょう?」

 速水さんは続けて言った。


「すぐに戻ってくる」

 僕はそう言った。そして、

「それまで待っていてくれないか?」と強く言った。

 返事はなかった。速水さんは再び窓の外に目をやった。

 このまま速水さんは、部室を出るかもしれない。それが家なのか、それとも僕の知らない場所なのか、分からない。

 けれども、僕は・・

 速水沙織が何処へ行こうとも必ず探し出す。

 見つけ出してみせる!

 僕は速水さんが振り返るのを待たずに部室を出た。

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