第396話 僕は君に何も返していない③
「速水さん・・そこまで話を聞かされて、僕に黙っていろ、というのか?」
僕は速水さんの瞳を見ながら言った。
速水さんが僕に好意を持っていることは薄々分かっている。
僕は知っていながら、その気持ちには応えていないし、応えることができない。
どうしてか?
それは僕が一番よく知っている。
重い・・からだ。
速水沙織の気持ちは重い。
速水沙織が人を思う気持ちと比べると、僕の恋は軽すぎる。
「重い軽い」で、物事は推し量れるものではないことは分かっている。けれど、僕には分かる。速水沙織の人生は僕より遙かに重い。
け れど、心の重さと速水さんのことを放っておけないことは別の問題だ。
これまで僕は速水さんに何度も助けてもらっている。
・・僕はまだ君に何も返していない。
速水さんは少し力を落として、「できれば、鈴木くんには黙っていて欲しいわ」と俯いた。
「それはできない相談だ」僕はそう言って、
「速水さん」と強くその名を呼んだ。
速水さんが顔を上げると、
「僕はまだ君に何も返していない」僕はそう言った。
「返す?」
僕は、君に何もしていない。
僕は速水さんからもらってばかりだった。
すると速水さんは深い溜息をつき、スッと立ち上がった。椅子がゴトゴトッと音を立てた。
そして、いつものように眼鏡の柄を軽く支えたかと思うと、「鈴木くん・・」と言って、
「もういい加減にしてちょうだい」と小さく言った。
「え・・」
僕は言葉を確認するように速水さんの顔を見た。すると、
「放っといてよ!」と叫ぶような声が耳に届いた。
そして、速水さんは下を向き、
「鈴木くんと私・・何の関係もないじゃないの」と言った。
だが、僕には分かる。速水さんが俯いていても、その顔を上げれば、そこには彼女の悲しい目がある。その彼女の瞳は、「助けて」と言っているはずだ。
助けて欲しいと言う相手が、僕かどうかは分からないが、速水沙織は今の生活から抜け出たいと思っているはずだ。
「僕は決して・・君を放っておいたりするものか」
その言葉を言い終わらない内に、
後ろで、ギイッとドアが開く音がした。振り向くと顔を覗かせたのは、小清水さんだった。
いや、そうじゃない・・
小清水沙希ではなく、小清水さんの多重人格者の一人、ヒカルだ。不良娘のヒカルがそこにいた。
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