第383話 君だけがいる部屋③
「いや、特に他意はないが、青山先輩って、将棋が好きだったんだな。知らなかったよ」
僕が話をそらすように言うと、速水さんは、
「ええ、将棋の他にチェスもするし、オセロもするわ。百人一首も得意よ。歌人の歌を全部暗記していたわ」と言った。
「すごいな」僕は感嘆した。
「何がすごいの?」
「百人一首丸暗記はすごい、と思ったんだ」
僕が青山先輩を讃えると速水さんは、
「自慢ではないけれど、私も暗記しているわよ。御希望の一首、歌いましょうか?」と言い出したので、「いや、いい」と断りを入れた。
「あら、残念」速水さんは小さく言った。
速水さんは、自慢じゃないと言いながら、確実に自慢口調だったぞ。
青山先輩と速水部長は幼馴染だ。家が近く一緒に遊んでいたと聞いている。だからよく知ってるのだろう。もちろん、それは速水家が破綻する前の話だ。
青山先輩と速水さんは、それ以降は一緒に遊んでいない。
え、ちょっと待て・・速水さんが青山先輩の将棋の相手をしていたということは、もしや・・
「ということは速水さんもそうなのか?」
「私もそうなのか、とは?」
「速水部長も将棋とかオセロとか、よくやっていたのか?」
「ええ、子供の頃、青山さんのしていたことは一通りこなしていたわ。近所付き合いは大切なのよ」
いや、青山先輩とかつての速水家の近所付き合いは、僕の家レベルの隣同士とは違うだろう。
それにしても、初恋の人どころか、水沢さん、そして、青山先輩、速水部長とよくもまあ将棋経験が豊富な女の子がいたものだな。
もはや美少女名人戦とかやって欲しいレベルの話だな。
「もしかして、速水部長は将棋が強かったりするのか?」
僕が訊ねると、
「強いも何も、当時、クラスの中で誰も私を満足させる相手はいなかったわ」
百人一首に続いて、今度は将棋自慢だな。
速水部長は誇らしげな表情をした後、
「それで、鈴木くんは本当に青山先輩と将棋をしていたの?」
「いや、あれは、そうじゃなかった。僕を水沢さんに引き合わせるための口実だったんだ」
だんだん黙っていることが馬鹿らしくなってきた。僕は正直に言うことにした。いずれ分かるだろうからだ。
僕は事の一切を速水さんに語った。
青山先輩が僕を気遣って、水沢さんと学内を散策できるように配慮したこと。
そして、将棋大会に水沢さんが出たこと。更に対局を観戦していた神戸高校の文芸部の連中のことも話した。
だが、水沢さんの相手が石山純子だったことは言わなかったし、ヤヨイのことも話さずにいた。ヤヨイについては後で詳しく訊くつもりだ。
速水さんは話を聞き終えると、「ふーっ」と大きく息を吐いた。
僕が水沢さんといたことについて、嫌味か冷やかしを言われるのかと思って待っていると、
「読書会の様子を見ていて、二人の気持ちには気づいていたのだけど・・」速水さんは言った。
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