第384話 君だけがいる部屋④

「えっ、読書会の様子? 二人の気持ち?」

 水沢さんは読書会にはいないぞ。一体誰のことを言っているんだ?

「鈴木くんも薄々気づいていたんじゃない?」

「何がだ? 誰の事だよ」

 全く何のことか分からない。速水さんはいつもそうやって人を煙に巻く。

「神戸高校の小川さんと七三分けの森山くんよ」

「あの銀行員みたいな森山と大人しい小川さんがどうかしたのか?」

「あの二人・・お互いの気持ちにまだ気づいていないみたいね」

「え?」

 確かに欠伸男の阿部が、「小川は、鈴木がタイプなんだろ?」と言った時、

「もうっ、違いますよぉ、私にはちゃんと好きな人がいるんですから」小川さんはキッパリと否定していた。

 すると、森山は「えっ、そ、そうなのか?」とショックを受けたような顔になっていた。

 けれど、今はその話、どうでもよくないか?

 今は、青山先輩や水沢さんの話をしているんだぞ。

「ついでに詳しく言うと、森山くんが小川さんのことを強く思っていて、小川さんの方はまだ自分の気持ちに気づいて・・」と言いかけた速水部長の言葉を「もういい!」と言って途中で切った。

 僕の話と全く関係ないじゃないか!

 僕が呆れていると、速水さんは「うふふっ」と意味ありげに、

「私の勘は意外と当たるのよ」と言った。

 速水部長の得意げな顔を見ながら僕は思った。

 ああ、そうか、話をそらす理由が分かったぞ。

 速水部長は、青山先輩や水沢さんの話をしたくないんだな。だから、話をそらして神戸高校の連中の話をしているんだ。

 青山先輩は、速水さんにとっては幼馴染だが、過去の経緯から心のわだかまりが未だあるのかもしれないし、水沢さんとは花火大会で修羅場のような対峙をしてからは、ろくに会話をしていない。

 要するに、速水沙織という女の子は、いつも本題から話を逸らす。

 そして、そんな時は決まって語りたくない話がある時だ。


「速水部長、もう神戸高校の話はいい。それより・・」と僕は切り出した。

 いつものやり取りが心地いいが、今はヤヨイのことが気になってしようがない。

 ヤヨイの事を真っ先に訊きたかったが、その前に、訊いておかないと忘れそうな質問がある。つまり、どうでもいいかもしれない些細なことだ。

「それより?」

「それより、速水さん・・あの佐藤を振ったのか?」

「あら、どうして、そのことを知っているのかしら?」

 やっぱりそうか。

 それにしても佐藤の奴、女に飢えているのか? 速水部長に言い寄ったかと思えば、あのヤヨイにも手を出すとは・・しかも速水部長とヤヨイは義理の姉妹だ。知らないとはいえ、すごい偶然だな。


「たまたま、ここに来る時、男子連中が話しているのを聞いたんだ」

 僕が言うと速水さんは、

「その話、聞きたい?」と、さも聞いて欲しそうな表情をしたので、仕方なく僕は「聞かせてくれ」と頼んだ。 

 すると速水さんは一旦お湯を沸かし直して、日本茶を二人分入れた。

 そして、お茶を飲みながら事の経緯を話し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る