第370話 ヤヨイ⑥

 それだけ言うと、話題が尽きたのか、それとも僕たちに飽きたのか、

「じゃあねぇ、みなさん。またねぇ~」

 ヤヨイは、後ろ手に「バイバイ」と手を振って去っていった。その跡には枯葉がさらさらと流れるだけだった。

 ほんの数分の出来事だったが、すごく長く感じた。呼吸を忘れるような時間だった。

 それに「またね」と言った。まるでまた何処かで会いましょう、と言わんばかりだった。

「あの人、何をしに来たのかしら?」

 水沢さんがイヤなものでも見たように言った。

 池永先生は両腕を組んでヤヨイの後ろ姿を見送りながら、

「あの子、人格が崩壊しているのよ」とポツリと言った。

 池永先生の教師らしからぬ言葉だ。

「崩壊って・・」僕が言い淀んでいると、

「知ってるでしょ。お父さんがあのキリヤマよ。普通に育つわけがないわ」と言った。

 その発言は教師としてどうかと思うが、生徒たちに彼女の危険性を教えるには、言い得ているような気もした。

「先生は、どうしてヤヨイさんを知っているのですか?」と僕が訊ねた。

すると、池永先生が驚きの表情を浮かべ、

「えっ、鈴木くんこそ、どうして彼女の名前を知っているの?」池永先生は驚いたように言った。

 しまったあっ!

 思わず声に出しそうになった。僕はまだヤヨイの名前を知らないことになっているんだった。彼女の名前を知ったのは、僕が透明化している時だ。速水さんからも聞いていなかったし。

「先生、さっき、そう呼んでましたよ」

 僕は適当に誤魔化した。

 先生はどこかで言ってたはずだ。そういうことにしよう!

 その嘘がバレたら、速水さんから聞いたことにしよう。

 先生は、「はて、そうだったかしら?」と首を傾げたが、まだ疑っているのか、水沢さんに「私、そんなこと、言ってた?」と訊ねた。

 水沢さんは「さあ」と言って、「言ってたような気もします」と答えた。その後、水沢さんは笑いを堪えるようにクスクスと笑った。

 僕の顔を見て「鈴木くん、おかしい」と言った。

 もしかして、水沢さん・・僕の嘘を見破ったのか? 

 水沢さん! こういう時こそ、さっき会得した心を読む力を制御して、僕の心を読まないで欲しかったよ。

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