第352話 決着へ③

「えっ、阿部さんや森山さんも彼女と将棋をしたことがあるんですか?」と僕は驚いて訊ねた。

すると森山が、「僕もある程度は経験があるんだ」と前置きし、

「一年の時、彼女が将棋をやったことがあると言っていたから、放課後に一局だけ試しにしたんだよ。絶対に勝つ自信があったんだが・・見事に完敗したよ」と語った。

 銀行員のような森山が石山純子と将棋をしているところを想像した。

 放課後の教室に二人きり。そこで石山純子と向かい合う森山。そのイメージが綺麗に浮かんだ。

 終わった恋の相手とはいえ、少し森山が羨ましくなった。森山だけではない。読書会でずっと欠伸を繰り返していた阿部も石山純子と向き合っていたのだ。

 森山に続いて阿部が、

「僕は、もうちょっとで勝てたんだけどなあ・・詰めの読みが浅かったなあ」と残念そうに言った。

「それって、阿部の負け惜しみでしょ」と茶髪の榊原さんが言うと、皆が笑った。


 真山さんも同じように笑った後、対局の状況の説明に戻り、

「最初は石山が優勢だったが、ある時点で、流れが変わったんだよ」と僕に説明をした。

 ある時点で流れが変わった?

 まさか、水沢さんは、石山純子の心を読み取ったのか?

「ある時点から、水沢さんが優勢に立ち、石山が追い込まれることになったのだよ」と真山さんは強く言った。

「ちょっとびっくりしたけどねえ。あのまま石山ちゃんの優勢でいっちゃうと思ってたんだけどねぇ」榊原さんが楽しそうに言った。


 榊原さんは、その様子を具体的に示すように、

「ほら、見て。純子ちゃん、汗、かいちゃってるよ」と言った。

「どっちの純子ちゃんだよ、純子だけじゃ分からないよ」と阿部が文句を言った。

「石山ちゃんの方よ」榊原さんが答えた。

 すると、銀行員のような森山が「石山に『ちゃん』付けをするな!」と戒めた。まるで石山純子が女子としての格が上であるかのように聞こえた。

 

 石山純子が汗を?

 そんなの見えるはずがないが、そう見えないこともない。

 彼女の焦りが伝わってくる。汗をかいているようにも見える。汗ばかりか、石山純子の息遣いや呼吸、そして、心音までが聞こえる気がする。


 石山純子の姿勢は前に傾いているのに対して、水沢さんの方は、落ち着いている。 背筋を伸ばしたまま、余裕の構えだ。

 水沢さんは静かに思考し、着実に駒を進めているが、石山純子の方は水沢さんの倍は時間をとっている。

 僕の想像だが、石山純子は、少なくとも将棋に於いては、小川さんが言ったように勝ち続けてきたのではないだろうか? これまで彼女を負かす相手が現れなかったのかもしれない。

 そして、学校の成績と同じように、自信に満ち溢れ、それなりに誇りも持っていたと思う。だがそれは今日、水沢さんによって崩壊するかもしれなかった。

 たかが学祭のゲームと言う人もいるだろうが、どちらもそれぞれの学園の才女だ。遊び半分でしているのではない。

 大袈裟かもしれないが、僕には二人の少女が魂をぶつけ合っているように見えた。


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