第329話 石山純子論①-2

 更に水沢さんはこう言った。

「だって、あの人、誰も好きにならないと思うわよ」

 水沢さんは石山純子を眺めながら小さく言った。

 いや、眺めるというよりも、水沢さんは彼女を凝視している。まるで石山純子の心をすくい取ろうとするように。

「え?」

 石山純子は誰も好きにならないって・・でも、僕は彼女が男子と仲睦まじく歩いているのを目撃しているし、図書館のラウンジで男と談笑しているのにも遭遇した。

「あの人は、そういうタイプの人なの」

 意味が分からない。

「でも、それはいつかは終わる」と水沢さんは遠くをみるような目で言った。

「それ、どういう意味?」

「そして、気がついた時には、誰も振り向いてくれない」

 水沢さんは何かの物語の終わりを語るように言った。その一方で僕は思っていた。

 水沢さんは、誰かを好きになったことがあるのだろうか、と。

 

 気がつくと、部室内が混んでいる。おかげで僕と水沢さんの会話は聞こえてなかったようだ。聞こえていたとしても意味不明の会話だっただろう。

 壁際の方では、男子生徒が増えている。その中には、他校の生徒である石山純子を知っている男子もいたのか、「久しぶりに彼女を見るよ」と歓喜の声が聞こえてきた。


「似ているね」真山さんがポツリと言った。

「誰と誰がですか?」

 真山さんの小声を聞き洩らさなかった小川さんが訊いた。

「石山と、こちらの水沢さんだよ。石山と雰囲気が似ている」

 見る人によってはそう見えるのかもしれない。


「私と似ていますか?」水沢さんが不本意であるかのように言った。

「そっかなあぁ、似てるかなあ」と茶髪の榊原さんが言うと、

 銀行員のような森山が、「こちらの方の方が素敵だよ」と硬い言葉で言った。

 欠伸の阿部も「僕もそう思う」と同調した。


 僕は皆の会話を聞きながら、石山純子に目を移した。

 真剣な眼差しと、笑顔を交互に繰り返しながら、駒を進めている。

 小さく肩をすくめる癖や、首を少し傾げる仕草は中学時代と変わらない。

 見ていると、彼女の口から僕に対して冷徹な言葉が発せられたとは思えない。

 けれど、僕は確かに聞いた。今でも木霊のように頭の中で反芻できる。

「もう一度、言います」

 それは石山純子の声。公衆電話のボックスの中で聞いた声。

「め・い・わ・く・・」

 僕が家に電話をかけてきたことが「迷惑」だ。彼女はそう言った。

 彼女のどこにそんな冷たさがあったのか、僕は理解できなかった。


 真山さんが僕の横に身を寄せ、

「石山の将棋・・もうすぐ終わるよ」と言った。

 真山さんの言う通り、詰んだのが分かると、

 石山純子は腰をふわりと上げた。立ち上がるのかと思ったが、また綺麗に座り直した。

 対戦相手を待つ姿勢をとったように見えた。

 相手の男はお辞儀をして部室を出た。どうやら部員でもなかったし、彼氏とかでもなかったようだ。

 その様子を見ていた水沢さんが言った。

「私、あの子と将棋がしてみたい」

 水沢さんの言葉に神戸高校文芸部員たちが驚きの表情を見せた。

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