第299話 これが沈黙読書会?②

「和田くんには、あのお色気先生が、学園のマドンナに見えるの? 目がおかしいの?」更に強い口調で和田くんに言った。

「沙織、お色気先生だなんて、それは失礼極まりないよ。池永先生は、充分に男子生徒のマドンナとして成り立っているよ」

 青山先輩は擁護しているつもりだが、笑いを堪えているように見える。どう見てもお色気教師だからだろう。

「違うのなら、誰なんですか?」小清水さんはどうしても気になるらしい。

 その質問に青山先輩は、

「彼女の場合、マドンナというイメージとは少し違う」と水沢さんの名を敢えて出さず、

「彼女は、すでに鈴木くんと相思相愛なのだからな」と涼しい顔で言った。

 その言葉を聞いていた小清水さんが、「それって、水沢さんですか?」と小さく言った。

「えっ、マドンナって、相手がいたら、そうじゃなくなるんですか?」和田くんが納得できないような顔をした。

 話が脱線し過ぎだ。


「違うんです」僕は強く否定した。

「会っていたんでしょう?」速水さんが言った。

 元々、速水さんが水沢さんがピンチだって教えてくれたんじゃないか。

 僕は正直に、「水沢さんとは、ここに来る前に少し話をしていたんだ。彼女が不良女子に絡まれていると、速水部長が教えてくれたんだよ」と状況を説明した。

「それで、問題は片付いたの?」と速水沙織が訊ねた。

 僕は「何とか・・」とぼやかして言った。

「やっぱり、鈴木くんは正義の味方なんですね」仏の小清水さんが満足げに微笑んだ。

 和田くんは、小清水さんが僕を褒めるのが気に入らないらしく、ブスッとした。

 一方、青山先輩は、がっかりしたような口調で、

「なんだ、そういうことか。私はてっきり、鈴木くんと彼女が裏庭で熱い抱擁を交わしていたのだとばかり」

 状況は近いが、全く違う。

「鈴木くんは、学校でそんなことしません!」

 小清水さんが、悪乗り気味の青山先輩を叱りつけた。小清水さん、ありがとう。


 部室がざわついているのを見た和田くんが恐る恐る手を上げ、

「あのぉ。みなさん。今この時間は、沈黙読書会の時間ですよね?」と声を上げた。

「いかにも」と青山先輩がきっぱり言うと、

「みんな、鈴木くんの話を肴にして好き勝手に言ってますよね」と言った。

 青山先輩は「そう言えば、そうだな」と言って、

「それは、たぶん・・みんなで鈴木くんと水沢さん両名のことを見守っているからだよ」と涼しげに言った。

「えーっ、そうなんですかぁ」小清水さんが驚きの声を上げた。

 もう、この話、やめて欲しい。確かに和田くんの言う通り、僕の話題で勝手に盛り上がっている、と見られても仕方ない。

「やっぱり、鈴木くんの話になると、せっかくの部活動が騒がしくなります」和田くんが皆を叱りつけるように言った。

 その発言に速水沙織がクイと眼鏡のブリッジを上げた。和田くんのことを認めたのだろうか。 

「それもそうだな。私も反省するよ」と言って青山先輩がしゅんとなった。 

 和田くんは続けて、

「それは、小清水さんも同じです! 小清水さんは、鈴木くんのことで騒ぎ過ぎです」

 と、珍しく仏の小清水さんを非難した。

「ごめんなさい」小清水さんがしょんぼり顔で謝った。小清水さん、気の毒だ。そんなに騒いでいなかったと思うが、たぶん、和田くんの嫉妬が混じっているのだろう。


 和田くんの大きな声で、部員たちは再び沈黙読書会に戻った。速水部長も和田くんの言った通りだと思ったのか、何も言わずに文庫本に目を落とした。

 和田くん、すごいぞ!

 落ち着いた僕は、簡易ボードに今から読む本の題名を書くと、鞄から川端康成の「川のある下町の話」を取り出し、頁を捲った。

 本を読みながら、僕は水沢さんのことを考えていた。本に集中しようにも、考えてしまう。

 彼女が言った「迷っている」という言葉についてだ。

 やはり、水沢さんは人の心を読んでいる。

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