第300話 学園祭の催しについて①

◆学園祭の催しについて


 みんな、速水沙織の家の事情には触れない。

 少し落ち着いたような彼女の顔を伺って、敢えて触れないでいるのかもしれない。

 速水沙織は、義姉を利用して、今は安泰であるかのように説明していたが、僕にはそう簡単に上手くいくはずがない、と思っている。


 沈黙読書会を終えると、速水部長から今後の予定の説明があった。

 予定と言っても大した話ではない。月に一度、或いは三月に一度ほどの読書会の日程を話すだけだ。意見の交換もあるが、取り立てて新しい意見が出ることはない。そのことは僕も含めて和田くんもが知っている。

 ただ、今回は、学園祭の日程もあるので、いつもよりは説明が長い。

 文芸サークルの学園祭は、僕の抱いていたイメージとはかなりズレがあった。

 普通、部活動の学園祭の催しと言えば、何かを披露したり、模擬店をやったりするものだ。軽音楽部であれば、講堂を使ってバンドの演奏をしたり、そんなイメージがあった。

 ところが、文芸サークルは、地味の極みだ。

 なんと、いつもと同じ読書会だ! 

いつもと少し違うのは、「合同読書会」といって、他校の文芸部と合同で読書会をするらしい。

 どこの学校とするかは、決まっているらしい。同じ時期に学園祭がある高校でないと、日取りが合わない。場所も同じ神戸の高校だ。

 まさか! と思ったが、そのまさかだった。

 合同で読書会をするのは、あの名門校の神戸高校だった。場所的に近いし、同じ公立高校だから、必然なのかもしれない。


 神戸高校は、僕の初恋の女の子、石山純子が通う高校だ。再び彼女に会うことになるのか、と妄想が過ったが、彼女は文芸部などという非日常的なクラブには所属はしていないだろう。それだけは分かる。

 彼女が受験勉強に費やす時間を割いてまで入部するとしたら、将来役に立つような弁論部とか、イメージのいいコーラス部とかだろう。又は、勉強の合間の憩いの場として、旅行同好会なんてのもあるかもしれない。スポーツ系ならテニス部といったところか。いずれにせよ、文芸部には属してはいない。だから、彼女に会うこともない!

 仮に石山純子が文芸部に所属なんてしていたら、それはもう彼女ではない。

 それほど、石山純子は遠い存在だったのだ。

 高校生になってから、その記憶は色褪せてはいるが、初恋の少女であったことに変わりはない。


 そんな妄想をしていると、青山先輩が、

「神戸高校は、私が第一志望だった高校だよ」と皆に聞こえるように言った。

 小清水さんが、「そうだったんですか」と驚いたように言うと、

「あそこに入れたのは、クラスの中で、二人か三人くらいだったな」と説明した。

 青山先輩みたいな成績優秀な人でも入れない名門校だ。そんな高校の文芸部と本について語り合う。それはそれで興味が沸く。

 その後、和田くんが手を上げて、

「速水部長、去年は、どこの高校と合同読書会をしたんですか?」と訊ねた。

「去年は部員が少なくて、相手側に申し込んでも断られたのよ」と速水さんが答えた。

「ということは、相手の高校も、それなりの数がいるということだな」と僕が言った。

「ええ、そうよ」と速水さんが答えた。

 現在の文芸サークルは、休部員を除くと五名いる。必要条件は満たしているのだろう。昨年度は青山先輩は休部中だったので、実質は速水部長と小清水さんだけだった。


「いつのまに、そんな交渉をしたんですか?」和田くんが速水部長に訊ねた。 

「沙希さんの伝手で、できたのよ」速水さんが答えた。

 小清水さんの友人が神戸高校だということだ。


「でも、学園祭時に、読書会って・・暗いですよね」和田くんが言ってはならないことを言った。分かってはいても誰も言わなかったのに。

 すると、青山先輩が、

「和田くん。学園祭に暗いことをしたら、いけないのかい?」と和田くんに強く言った。

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