第289話 木枯らし①

◆木枯らし


 彼女たちの様子を見ていた水沢純子は、

「鈴木くん、二人は放っておいて行きましょう」と呆れた様子で言った。

 水沢さんとは何かの約束をしているわけでもないが、この場は去った方がいいし、僕は部室に戻らなければいけない。速水部長、それに部員たちが待っている。


 ひとまず裏庭を散策するように歩き出した。浜田たちは追い駆けてこない。大声で互いを怒鳴り合っている。

 少し歩くと、周りには誰もいなくなった。

「鈴木くん、ありがとう」と水沢さんは言った。そして、優しく微笑んだ。さっきまでの水沢さんらしからぬ怖い顔はどこに行ったのだろう。

 改めて向き合うと透き通るような瞳が心を刺すようだ。

「僕は別に何もしていないよ」と僕が言うと、

「鈴木くんは、私の変な能力のこと、知ってるわよね」と前置きして、

「私、また人の心の中を読んじゃった」珍しい口調で言った。


 水沢純子の場合、心を読むだけではない。その心を、本人に言ってしまうところがある。あの花火大会の時がそうだった。水沢さんは速水沙織の心をダイレクトに言った。

 それがどれだけ相手を傷つけるか・・おそらく分かってはいるだろうが、自分の中に抱え切れないのかもしれない。

 心が溢れ出すように相手に告げてしまう。


「私、あの人たちがあまり好きじゃないから、丁度よかったわ」

 まるで気に入らない悪人を成敗したかのように言った。

「でも、あいつらのことだ。水沢さんに仕返しをするかもしれない」

 僕が大仰に言うと、「そんな子供みたいなことはしないでしょう」と笑った。

 そして、「それより鈴木くん」と呼びかけ、

「どうして、私がここに居るって分かったの?」と訊いた。


 それは、速水さんに教えてもらったから・・

「速水さんに教えてもらったのね?」

「えっ、今、僕の心を読んだの?」

 そう尋ねると、水沢さんは頭を振って、「違うわ。何となくそう思っただけよ」と言った。

 水沢純子には嘘もつけない。

「実は、速水部長に教えてもらったんだ。水沢さんがピンチだって」

そう本当のことを言った。

「やっぱり、そうだったのね。この旧校舎の二階、文芸部の部室があるものね」

 水沢さんは旧校舎を見上げて、

「でも、速水さん・・どうしてそんなことを鈴木くんに言ったのかしら?」と小さく言った。

 旧校舎の窓・・そこに速水沙織が立っているような気がした。

 速水さんは、僕たちを・・いや、僕を見ている。

 速水沙織は、いつも僕の傍にいる。


 水沢さんは、しばらく何かを思うように旧校舎を眺めた後、僕に向き直り、

「鈴木くん。今日は、今から文芸部の活動?」と訊いた。

「うん、まだサークルだけど・・いつもの沈黙読書会があるんだ」

 僕が沈黙読書会のことを簡単に説明すると、「何か面白いわね」と興味深げに微笑んだ。

「普通の読書会には、今度、加藤も参加するんだ」と言おうとすると、

「それはそうと、鈴木くん、さっき何て言おうとしてたの?」と水沢さんは言った。

「えっ?」

「さっき、彼女たちに、私と二人きりにさせて欲しい、って言っていたから」

「それは・・」言葉に詰まった。

 あの時は咄嗟に、あいつらと水沢さんを引き離そうと思って言っただけで・・特に何かを話すつもりはなかった。彼女たちは勝手に「水沢に告白する気か?」と勘違いしていたみたいだけど、そんな意図は無かった。


「鈴木くん、おかしい」

 何も面白いことは言っていないつもりだけど、もしかすると、心を読まれたのかもしれない。変なことを考えないでおこうとすると、よけいに思考が変な方に向かう。

 

 水沢さんがクスクスと笑った後、ふいに木枯らしが吹きすさんだ。冷たい風だ。

 水沢さんは、寒そうにぶるっと体を震わせた後、目線を校門の方へ向けた。

 その瞬間、水沢純子の瞳は何かを認めたのか、

「ゆかり・・」と小さく言った。

 えっ、加藤が?

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