第288話 水沢純子の能力②
言われた安藤は、混乱して思考がまとまらないようだ。言葉を失っている。心の中身を知られることはあり得ないからだ。
そう・・これが水沢純子の力だ。
水沢純子は、頭の中に人の心が流れ込んでくる。そんな不思議な能力があるが、人の役には立たない。役に立たないどころか、逆に嫌われるだけだ。友人にも親にも。
そして、当然、このような連中にも。
水沢純子の言葉は、彼女たちの怒りに火を点ける結果となる。そう思っていたが、少し違ったようだ。
「ちょっと、待てよ」うろたえながら浜田が声を上げた。
「水沢! なんで、そのことを知っているんだ。私が正木くんに振られたことは、正木くんしか知らないはずだ。まさか、正木くんが水沢に言ったのか?」
浜田の声が震えていた。「いや、正木くんがそんなことを言うはずがないし」とぶつぶつ言っている。
まさか、ここで僕が「水沢さんは人の心を読むんだよ!」とひけらかす訳にもいかない。
「正木くんが私に言ったかどうかは、ご想像におまかせするわ」水沢さんはそう答えた。
そして、
「誰を好きになるかは、私の自由よ」ときっぱりと言った。
当たり前のことだ。だが、その当たり前のことが、不良娘二人には分からないのだろう。
いずれにせよ形勢が逆転した。
うろたえる浜田に、相方の安藤が大声で言った。
「おい、浜田。お前、いつ正木くんに告白したんだよ。私、そんな話、全然聞いてないよ」
二人の不良娘に大きな亀裂が入った。
「そんなこと言えるわけがないだろ! お前も正木くんが好きなんだし」
振られたことは言えるわけがないし、更に、同じ男を好きだなんて言えない。浜田は泣きそうな声で言ったが、
浜田がそう言ったことで、水沢純子の言葉が本当だった、と知られてしまったことに気づいていない。
安藤は、笑いを堪え切れないように、「しかも、正木くんに振られたなんて」と言った。
対して、浜田も言われて黙ってはいない。
「安藤も、男子に人気がないっていうの・・それ、本当だからな。安藤が、正木くんに告白しても絶対に振られるに決まってる!」と断言した。
「ちょっと、浜田っ。何を言い出すんだ!」
友人同士、そこまで言ってはダメだと思うが、お互いに何か溜まっていたものがあるのだろう。
何かがプツッと切れたのか、
「おい、安藤・・お前がクラスの男子に陰で何て言われているか知っているか?」と浜田が積年の恨みでも晴らすように言った。
「な、何だよ。私が何て言われているっていうんだよ!」言われた安藤も男子の目線が気になるらしい。
浜田は歯止めが聞かなくなったように、「男日照りのドブスって言われているのを知らないのか」と言った。
ついに言ってしまった。だが、そう言った本人の心も荒んでいるのかもしれない。
その言葉をきくなり、安藤が浜田に躍りかかった。そして、その髪を掴んだ。
「てめえっ、何するんだ!」
抗議の声に安藤が耳を貸すはずもない。「前から、お前のことが気に入らなかったんだ!」と髪を引き千切らんばかりに引っ張った。
浜田はもがきながらも、安藤の顔をつかんだ。
二人が言い争うことで、水沢純子に向けられていた嫉妬や憤りが消失したように見えた。
もしかしたら、水沢純子の能力は人の心にくすぶる心を引き出してしまうのかもしれない。
それにしても、水沢純子の様子・・特に取り乱した感じも見受けられない。
もしかしたら、彼女はこんな場面を何度も見てきているのではないだろうか。
人の心を知り、自分がそれを指摘したことで、誰かが誰かと言い争いになる所をこれまで何度も見てきているような気がする。
それは友人同士かもしれないし、水沢さんの両親かもしれない。
今回は、緊急避難的に、浜田や安藤の心を自ら読んだのかもしれないが、知りたくない心が流れ込んで来たら、たまったものではないだろう。
僕には耐えることができないことを、水沢さんは経験してきている。
そして、水沢純子という心を読む少女を支える人はいない・・そんな気がする。
僕が初恋の女の子と面影を重ね合わせて慕い続けてきた女の子だから、猶更そう思うのだろう。
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