第281話 和田くんと①

◆和田くんと


 秋風が冷たく感じるようになった。

 秋はどことなく寂しい。そう感じるのは僕だけではないだろう。

 春のときめき、昂揚感が最高に盛り上がる夏。それが終われば、何が残る?

 波のプールが引いては寄せ、花火が消えては咲き、雨が流す。


 秋は、両想いのカップルにも何かしらのひずみが生じる。そんな気がするのは、僕だけだろう。

 僕のひがみ根性だ。妹のナミならそう言って笑い飛ばすことだろう。

 勉強に勤しむ僕の目には、肩を並べて歩くカップルの姿は羨ましい! の一言に尽きる。

 現に、今も目の前を見せつけのようにイチャイチャしている男女がいる。彼らには秋の気配など微塵も感じないのだろう。心の中は春の状態が続いているのに違いない。

 方向は同じだが、僕は一人で本屋さんに問題集を買いに行く途上だ。

 そんな卑屈な心を抱えながら歩いていた。


「鈴木くん、どこへ行くの?」

 突然、背後から声をかけられた。和田くんだった。

 驚きながら、「本屋に行くところだよ」と答えると、「僕もそうなんだ。一緒だね」と言って、二人で本屋に向かうことになった。

 目的は僕は問題集だが、和田くんは、翻訳小説を買いに行くとのことだ。

 翻訳小説が好きな小清水さんに勧められたらしい。

「小清水さんに、借りたらいいんじゃないか? 翻訳小説は高いだろ?」

 それで親交が深められるのなら言うことなしじゃないか。

「そ、そんなこと彼女に言えないよ」和田くんは顔を真っ赤にして言った。


 僕は和田くんと行動を共にするのも好きではない。和田くんだけでなく、影が薄い者同士、一緒にいるのが好ましくないのだ。

 同類に見られるのが嫌、ただそれだけだ。和田くんに失礼なことは重々承知だが、小学校の時以来、イヤな思いをしている。

 よく言われた。

「あれれっ、影が薄い者同士くっついて、少し濃くなってやがるぜ」

 僕も気にするし、僕と一緒にいた人間も当然気にする。そして、その結果、互いに少し距離を置くようになる。

 だが和田くんの方はそうは思っていないようだ。人懐っこい感じで僕にくっ付いてくる。

 それが和田くんのいい所なのかもしれない。


「こうして学校以外で会うのって、初めてだよね」

「あまり嬉しくもないけどな」和田くんのセリフに冗談で返した。

 そういや、制服じゃなくて、お互いに私服だな。私服姿は合宿でも見ているが、お互いにダサいな。そう思っていると、

「鈴木くんって、服のセンスがいいよね」と和田くんが僕の姿を舐め回すようにして言った。少し目つきがイヤらしい。同性にそんな目で見られるといささか気持ちが悪い。

「鈴木くん・・その服、寒くない?」和田くんが訊いた。

 和田くんは薄手のブルゾンを着ているが、僕の方は紺色のデニムのシャツだ。

 だが、言うほどは寒くはない。

「大丈夫だ」僕は応えた。

 

 和田くんと歩いていても共通の話題がない。

 今度の読書会の話をしたが、和田くんは、「『雪国』に出てくる美少女の葉子って、謎だよね」と言って、「葉子って、小清水さんに似てるよね」と顔を赤らめて言った。

「それは、和田くんが小清水さんに好意を持っているからだろう」

「そうかな? 小清水さんは、謎めいているよ。この前の読書会でも、謎の人格が登場したりしたし」

 あれは、多重人格の一人のミズキだ。だが、ここは敢えて、深く掘り下げないでおくことにした。

 そういや、和田くん・・

「夏休みが終わったら、小清水さんに告白する」と宣言していたが、どうなったんだろう? まさか、もう告白したとか・・


 和田くんの恋愛の話に進むのかと思っていると、

「僕は、鈴木くんのことが羨ましいよ」と突然言い出した。

「羨ましい?」

「青山先輩が言っていたんだ」

「えっ、青山先輩が?」

 青山先輩、変なことを言ってないだろうな・・と勘ぐっていると、

「僕はよく分からないけど、青山先輩の運転手が、『彼はいい男だ』と言っていたらしいよ」と言った。

 それは、運転手の石坂さんだ。青山先輩が言った言葉ではない。

「現に、小清水さんも鈴木くんばかり見ている」嫉妬交じりに和田くんが言った。

 和田くんは小清水さんのことが好きだ。と言うよりも、小清水さんの多重人格のミズキとヒカルが好きだ。

「それは、和田くんの被害妄想じゃないのか? 彼女は和田くんのこともちゃんとみていると思うぞ」僕はそう言ったが、和田くんは首を振って、

「ぼ、僕には分かるんだ。少なくとも小清水さんは僕を見ていない」と言った。


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