第280話 速水沙織の姿は誰に見える?

◆速水沙織の姿は誰に見える?


 速水さんは、再び眼鏡の位置を整えると、話を締めくくるように、

「鈴木くんが何をしようとしているか知らないけれど、これは青春ドラマではないのよ。あの陰湿な早川講師の時のようなわけにはいかないわ」と言った。

「それは分かっている」

「相手はキリヤマよ。鈴木くんが透明化して、何かをしようとしているのなら、心の暴発の危険性もあるし、鈴木くんの身に危険が及ばないとは限らないわ」

 まるで、僕のしようとしていることが、見透かされているようだった。


 速水さんはチラリと時計を見て、「そろそろ、沙希さんが来る頃だわ」と確認し、

 僕を見て、「こんな話、私、鈴木くんだから話したのよ」と言った。

「わかった。誰にも言わない」と僕は応えた。そして、

「けれど、青山先輩にはいずれ知られることになると思うぞ」と念の為に言っておいた。

 

 最後に、僕は先日の透明化のことを話した。

 加藤と川辺を歩いて来た時に透明化したことだ。危うく心が暴発しそうになったことは伏せておいた。当然、加藤の胸に触れてしまったことも。

「僕の姿がどんな状態で見えていたのか分からないが、完全な透明でなかったことは確かだ」

 おそらく、小清水さんや妹のナミと同じだと思う。

 速水さんは、「そう」と静かに言った。「加藤さんとそんなことがあったのね」ということだろう。

 速水さんは、しばらく沈思したあと、「半透明で見えていたとしたら、よく透明化のことが加藤さんに知られなかったわね」と疑問を呈した。

「おそらく、周囲の風景・・夕暮れ時だったからだと思う」

 石坂氏の運転する車の中と同じような光の加減だった。そう僕は説明した。


「加藤さんは、鈴木くんの透明化能力に気づいた・・そうは思わなかったの?」

 速水さんはそう言ったが、僕はそう思わない。

「加藤は気づいていないと思うけど、いずれにしろ、危なかったことだけは確かだ。あんな思いはもうしたくない」

 僕がそう言うと、

「別にかまわないんじゃないの。加藤さんなら」と速水さんは言った。

「それ、どういう意味だよ! 小清水さんや青山先輩なら支障があって、加藤ならかまわないって言うのか?」

 僕が抗議の声を上げると、速水さんは「何となくそう思っただけよ」と応えた。

 このことは速水さんと僕が共有する秘密じゃないのか?


「速水さん・・僕は、この透明化の見え方について、少し分かったことがあるんだ」

「どうして、見える人とそうでない人がいる・・その話?」

「ああ、そうだ」と頷き、

「僕が見える人は、僕の存在を認めている。そう思うんだ」断定するように言った。

 すると速水さんは、ギロリと視線を強くし、

「だったら、鈴木くんは私を理解していない、どころか、私の存在すら認めていないことになるわね」と皮肉口調で言った。

 速水さんは僕の仮説が気に入らないようだ。

「今だったら・・今の僕だったら、速水さんが透明になっても見えるかもしれないじゃないか!」僕は反論した。

 今の僕は以前とは違う!

「そのために、私に今ここで透明化しろと?」速水さんは冷笑した。

「誰もそんなことは言っていない」僕は頭を振って、

「以前よりは、僕は速水さんの事を理解しているつもりだ」と強く言った。

 当然、その存在も大きくなっている。


 僕は透明化しても、見える人が少ないなりにも身近な人で増えてきている。

 だが、速水さんの方は・・

「速水さんが透明化しても、誰かが見える、もしくは、半透明でも見える人はいるのか?」

「いないわ。誰一人として」

 速水さんはそう答えた。僕も含めて、速水沙織が透明化しても、誰もそれを認識できない。実の母親でも、それは同じだ。

 その差異がどこにあるのか。僕と速水さんの境遇の差なのか? それは誰にも分からない。


「私が透明になった姿は、誰にも見えないわ・・鈴木くんも含めてね」

「そんな・・」

 ・・そんな悲しいことを言わないでくれ!

 大きく言おうした時、誰かが廊下を歩いてくる靴音がした。

 聞き慣れた音だ。その音に耳をやった速水さんは、

「沙希さんの多重人格のことも、知られたくなかったのだけれど」と言った。

「そうだな・・」僕はそう言った後、

「でも、クラス全員に、小清水さんのことを知られるわけじゃない。僕ら、文芸サークルの部員たちだけなんだ」

 信頼できる仲間同士なら、かまわないじゃないか?

 だが、速水さんは「それは綺麗ごとよ」と言って、

「だったら、鈴木くんは、私たちの透明化のことも、皆に話せる?」と訊いた。

 速水さんがそう言った時、ドアが開き、

「速水部長、遅くなりましたぁ!」小清水さんがいつもの笑顔で現れた。

 仏の小清水さんの笑顔にその場の空気が和んだ。


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