第265話 川沿いの道②

「水沢さんが落ち込んでいるように見えた?」

「うん」

 水沢さんのそんな顔が想像できない。

「加藤は、友達だから、分かるんだよな」

 僕が訊ねると、

「だって、そういうのって、伝わってくるものじゃん」加藤はそう言って微笑んだ。

 人の心は伝わる。

 水沢純子のように、人の心を読むことがなくても、感情の起伏は伝わる。ただ、それは気心の知れた者同士だから言えることだ。

 僕には水沢さんの心が分からない。あの花火大会に言った言葉も分からない。

 ・・鈴木くんのことが好きかも。

 小さな声で聞き取りにくかったが、あの言葉がどうしても信じられない。決して本心ではなく、あれは速水沙織に聞かせるためのものに思えて仕方ないのだ。


「鈴木は気にしないの? 純子のこと」加藤は訊ねた。

「それは、気にするよ」

 加藤は、僕の言い方が気に入らないのか、

「鈴木は、純子のことが好きなんでしょ?」と小さく言った。

 僕が答えを出し渋っていると、

「もうすっかり秋だね」

 加藤は、川の水面に反射する夕陽の光を眺めながら言った。ショートカットの髪が秋の風にさらさらとなびいている。

 そして、その横顔にキラキラと光が揺らめいている。なぜか、加藤の頬が透き通って見えた。

 綺麗だ・・

 

 その美しさに見入っていると、加藤は思い出したように僕に向き直り、

「そうそう。鈴木に話があったのに、言うのを忘れるところだったよ」と言った。

 なぜか僕はうろたえた。加藤の横顔をじっと見ていたのが恥ずかしかったのかもしれなかった。

「さ、さっきの水沢さんの話じゃなかったのか?」

「違うよ。そんなことで足を止めたりしないよ」

 加藤はそう言って、僕の顔をじーっと見つめ、「私の顔に何かついてる?」と訊いた。

「ついてない、ついてない」僕は慌てて大きく返した。

 加藤は、僕の反応を見て「変な鈴木」と言った。そして、

「読書会の話をしようと思っていたんだよ。部外者も参加できるんだよね?」と言った。

「ああ、できるよ。ちゃんと部長の了解もとってるし」

 僕がそう言うと、

「『檸檬』の時は、出なかったけど、今度は出るよ。本も買っているし」

 加藤は僕と本屋に行った際に、「檸檬」と次の読書会の川端康成の「雪国」を買っている。

 だから、この前の読書会にも出てくるものだとばかり思っていた。


「楽しみにしてるんだよ」

 加藤はそう言って、「茶道部の人たち、どっちかと言うと疲れるんだよ。文芸部の人たちの方が、肩が凝らなくて面白そうだよ」と笑った。

「こっちも色々とあるぞ。速水部長、怖いしな」

 それに、小清水さんの多重人格のこともある。

 また何かがきっかけとなって、ミズキ、もしくはヒカルが登場しないとも限らない。

 不安要素満載だ。

「確かに、速水さん、怖いかもね」加藤は笑った。

「そうそう、速水部長は、加藤には特に手厳しいぞ」

「ええっ、私にだけ?」

 僕は笑って「それは冗談だけど」と訂正し、

「速水さんは、小清水さんには優しいけど、他の部員に対しては冷たいんだ」と続けた。

 速水さんはそれぞれ別の理由で当たりがきつい。

 和田くんに対しては、男嫌いという理由。青山先輩は、過去にあった親の不倫のこと。

 僕に対しては、何だろう?


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