第250話 檸檬が見える人と見えない人②
「レモンが他の人にとって、見えていなかったら、時限爆弾でも何でもないじゃないか! 本当の自己満足だよ」
和田くんが作品にケチをつけるように言った。
和田くんの文句に速水さんは眉間に皺を寄せ、
「そうね、あなたの言う通り、この小説の主人公に限らず、自己満足で行動する人が、世の中には多いわ」と言った。
速水さんの口調で分かる。彼女は和田くんが苦手なのだ。最初からだけど。
それよりも、なぜか自己満足という言葉が胸にグサッと突き刺さった感じがした。
それは僕の行動だ。美術講師の早川にしたことや、これから、速水さんの養父のキリヤマにしようとしていることは、僕の自己満足なのではないだろうか。
被害に遭った小清水さんもあんなパンツ事件を望んでいなかったのかもしれない。同じく速水さんのこともだ。
そんな風に、いつものように話がとんでもない方向に進んでいく。皆それを楽しんでいる。それがこの読書会の醍醐味だ。
話題はようやく「自己満足」の件から離れ、梶井基次郎の人生に話が移った。彼は31歳の若さで亡くなっている。
故に彼が恋をしていたかさえも不明だ。だが、彼の短編を読んでいると、恋に関しての記述が所々見受けられる。
「人は、恋に恋している・・誰の言葉だったかしら?」速水さんがポツリと言った。
その言葉を受けて小清水さんが、
「梶井基次郎さんは、似たようなことを言っていますね」と切り出した。
「小清水さん、どんなこと?」と僕が訊くと、
小清水さんはニコリと微笑み、こう言った。
「恋・・それは、美しい少女を見て、生じるものではなく、恋心というものは既に、心の中にあって、それを美しい少女の上に当てはめるものだ・・」
小清水さんは、ゆっくりと梶井基次郎の文章を読み上げた。小清水さんが手にしているのは、梶井基次郎の全集だ。僕がまだ読んでいない短編だ。
意味深い言葉だ。
それは違う。と言い返されるような言葉だが、頷いてしまう人もいるのではないだろうか。
恋心というものは元々、その人の中にあって、美少女を見た時に、自分の恋心をその子に投射してしまう。
この子が好きだ・・そう思い込んでしまう。
例えば同じ美少女を青春真っ盛りの人が見た場合と、老年期にさしかかった人が見た場合は感じ方がまるで異なるのではないだろうか。
少し沈黙が続いた後、速水さんがいつもの口調で、
「でも、梶井基次郎さん、この言葉を放った後、『格好いいことを言った』と自画自賛しているわよ」と言った。
すると青山先輩が、
「沙織・・それは作中の人物が言っているだけであって、作者本人が言っているわけではないのだよ」と静かな口調で言った。
「あら、青山さん、同じことよ。自分の言いたいことを登場人物に言わせているのだから、おんなじだわ」
「沙織、小説とはそういうものだよ」落ち着いた口調の中に青山先輩の苛立ちを感じる。
「そうかしら」
どうも速水さんが攻撃姿勢になっていて、青山先輩がその煽りを食らっている感じだ。
僕が二人の間に入るように、
「その話、『檸檬』と何の関係もないんじゃないか」と戒め、「それに、誰が言っていようが、深い言葉であることには変わりはないんじゃないかな」と言った。
青山先輩は「少し脱線したようだ」と小さく言うと、
「けれど、沙織は小説というものをまるで分っていない。小説は哲学ではないんだよ」
収束するのかと思いきや、青山先輩が話をぶり返した。青山先輩もムキになりだした感がある。
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