第223話 そして、僕は・・①

◆そして、僕は・・


 加藤の姿は確認できたものの、何せこの人混みだ。中々加藤に近づけない。おそらく声をかけても聞こえないだろう。数発の花火の音が重なり激しくなる。加えて花火の間隔も縮まる。連続して打ち上がる。それに比例して、人の喧騒が大きくなる。そんな人の中を進む僕は、見物客にとって迷惑以外の何者でもない。


 加藤に近づいた。浴衣の背中が近い。

 と、思った時、僕の肩を叩く者があった。見ると、知らない男だ。

「おいっ、人の足を踏んどいて、そのままかよ!」

 急いでいて気づかなかった僕が悪い。

「ご、ごめんなさい。ちょっと急いでて」

 僕は男にしきりに謝った。ガラが悪そうな男だ。こんな場所で変なことに関わりたくない。

 僕は必死で男に謝った後、加藤がいた場所に目を移すと、

 立ち止まった加藤がこちらを見ていた。男に謝っている声で気づいたのだろうか。あまり格好のいいものでもない。

 加藤に近づくと、加藤は「格好の悪いところを見せちゃったね」と照れたように言ってて、「私なんかを、追いかけてこなくていいのに」と小さく言った。けれど、何気に少し嬉しそうな顔だ。

 だが、その言葉の後、「純子と・・・」と続けて何か言ったようだが、聞き取れない。

「加藤、なんて言ったんだ?」

 僕の問いに加藤は、

「純子とよろしくやりなよ、って言ったのに」と、大きな声でもう一度言った。

 だが、それはとても加藤の本意とは思えない。

 加藤の表情がその言葉に伴っていない。なぜなら、その顔に涙が溢れていたからだ。

「加藤、今日はデートじゃないんだ。加藤と水沢さんと過ごすための日じゃないのか?」

 僕が叱るように言うと、

「鈴木、ごめんね。いきなり抜け出したりして」と謝り、「でも、純子の言葉にどう返していいか、分からなかったんだよ」と言った。

「加藤・・」

 水沢さんが言った言葉・・「ゆかりはそんなに鈴木くんのことが・・」

「だって・・だって、恥ずかしいじゃん」

 加藤はそう言って、頬を擦った。頬が涙で濡れている。

 言葉を返せないのは僕も同じだ。それに、もし僕が加藤の立場だったら、きっとその場に居たたまれなかっただろう。

 ・・人には知られたくない心がある。

 そんな加藤は、人の心を読んでしまう水沢さんとギリギリの線で友達付き合いをしていたのだろうか。けれど今日、加藤の心は暴露されてしまった。

 でも、僕にはそんな加藤の心がまだ分かららない。人の心なんて、そんな簡単に分かるものではない。僕が考えているより複雑なんだと思う。


「加藤、戻ろう。水沢さんが待ってる」僕は淡々と言った。

 加藤は返事をしない。

「僕は、水沢さんに、『加藤を連れ戻す』って、言ったんだ」

 僕が手を差し出そうとすると、加藤はさっと身を退いた。

 大きな歓声と共に一段と大きな花火が打ち上げられた。それは夕空に綺麗な模様を描いた。

 その光が加藤の顔と浴衣を照らした。そして、火の粉が落ち始めると、再び加藤の浴衣が陰っていく。そして、次の花火でまた光を取り戻す。連続した音が鳴ると、加藤の姿がキラキラと輝く。

 

「鈴木だけ、はやく純子のところに戻ってよ。純子、待ってると思うよ」

 まるで駄々をこねる子供みたいに加藤は言った。

「どうして、そんなことを・・」

 加藤と水沢さんの仲・・それがどれほどのものか、僕は知る由もない。

 水沢さんは言っていた。

「ゆかりだけが、私の心を読む体質のことを気にせずに普通に接してくれた」

 今までの二人はそうだった。でも僕の存在で二人の仲に亀裂が入った。

 ・・僕のせいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る