第221話 そして、二人の心が・・①
◆そして、二人の心が・・
「あ、ゆかりが、来たかも・・」
「えっ?」
突然そう言った水沢さんの声に僕は辺りを見回した。どこにも見当たらない。
加藤はどこに? と思って、水沢さんが見つめる方向に目をやると、
一人の浴衣の少女が近づいてくるのが認められた。髪がショート。
加藤ゆかりだった。加藤は手を振って向かってきて、
「遅れちゃって、ごめんね、純子。浴衣を着るのに手間取っちゃったよ。浴衣なんて慣れないことをするもんじゃないわよねえ」
加藤は、団扇で顔を仰ぎながら「暑い、暑い」と言って笑った。急いできたのか、汗が浮かんでいる。
「ええっ、ゆかり、浴衣で来たの? そんな話、してなかったのに」
軽く抗議するように水沢さんが言うと、加藤は「二人を驚かせようと思ってね」と返した。
確かに体育会系の加藤にしては少し驚かされる・・というか、とても新鮮に映る。
白い生地をベースに紫色のアジサイが所々に浮かんでいる。そんな爽やかな色合いの浴衣だ。足元は赤い花緒の下駄だ。
同色の団扇を手にした加藤は辺りを見ながら「花火は、立ち見だね」と言った。
僕は、加藤に「加藤、足は大丈夫なのか?」と尋ねた。
「平気、平気」と加藤は浴衣の裾から少し出た足を振りながら言った。元気一杯の様子だ。
僕が「この前会った時よりは、マシみたいだな」と言うと、
「えっ、わかる?」と加藤は嬉しそうに言った。
水沢さんはそんな加藤と僕を見比べながら微笑み、
「ひょっとして、私、お邪魔だった?」と小さく言った。
そう言った水沢さんを僕と加藤は同時に見て、
「ええっ、純子。なんでそうなるのよ!」と加藤が慌てる。
「だって、お二人、そういう仲なんでしょ? デートだってしてるし」
「・・じゃないよ。全然、そうじゃないよ」
加藤はパタパタと手を振って懸命に否定した。
これはまずい! 絶対にまずい。
このままだと、水沢さんに誤解されてしまう。
と、思った時、
パンッ、ドドンッと小さめの花火が何発が上がった。
人々の視線が一斉に空に向けられた。夕刻の空に花火が広がった。
花火は、大きくなったかと思えば、滝のように流れ落ち、再び別の花火が上がり、その前の花火を消していく。
そして、夜を彩る光は、見物客の様子も綺麗に飾っていく。それまでの汚れを落としていくようだ。
そして、僕の横に佇む水沢純子の横顔にも光が流れている。
今は、空を見ないと・・と思っていても、こんな機会はない、と思って彼女の横顔を見てしまう。花火、そして、水沢純子のいる風景を心に刻み込もうとする。
横に加藤がいること知りながら、浴衣を着てきた加藤を見ずに、水沢純子のいる風景に吸い寄せられていく。それは止めようがない力だった。
そんな妄想に耽る僕の脇腹をちょんちょんと突くものがあった。
「ねえ、鈴木」
加藤の丸い顔が僕を見ている。
「な、なんだ? 加藤」動揺しながら訊いた。
加藤は、水沢さんに聞こえないように耳打ちした。
「私、途中で抜けるからさ、あとは、純子とよろしくやってよ」
花火の合間だったので、その言葉はよく僕の耳に届いた。
「加藤が、抜ける?」
僕と水沢さんを二人きりにするということか?
しかし・・今回の花火大会は、加藤と水沢さんの三人で来たのだ。決してデートなんかではない。三人で花火を見ればいいだけのことだ。
僕がそう思っても、加藤は事を進めていく。
「鈴木、私の時みたいな態度は、よくないよ」
戒めるように加藤は言った。
「『私の時』って?」
僕がそう訊くと、
「素っ気ない態度のことだよ」と加藤は更に戒めるように言った。「よくないよ。あんな態度を純子にしたら、嫌われるから」
「僕の態度は、そんなにひどかったか?」
そう言うと、加藤は笑って、
「鈴木は、わかりやすいからね。顔を見たら、考えていることがすぐにわかるよ」
「ど、どういうことだよ」
僕のどんな感情が顔に出ていたと言うんだ?
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