第205話 映画館の中で②

 加藤は、移りゆく景色を見ながら、「鈴木は、やっぱり映画だと思ったよ」と言った。

「そ、そうか・・」僕の不器用な声が洩れる。

「あ、あのさ、加藤」僕は窓を見たまま加藤に話しかける。

 加藤が顔を向けると、僕も加藤を見た。そして、

「今日のことを水沢さんには言ったの?」と訊いた。

 知りたい・・加藤とデートすることを水沢さんが知っているかどうか?

「言ったよ」と加藤は小さく言った。

「そ、そうか・・」水沢さんに言ったんだ・・水沢さんはもう知ってるんだ。加藤と水沢さんは友達同士だから当たり前のことだが、やはり、知られたくはなかった。

 僕が再び、目を窓に移すと、

 加藤は僕の顔を追いかけるように、

「だって、嬉しいじゃん。デートなんて」と言った。「黙ってなんかいられないよ」

 水沢さんに黙っていられない。

 加藤なりの女性同士の対抗意識なのだろうか。


「加藤、足は大丈夫なのか?」

「うん。普段の生活をする分には、問題ないんだよ」

 けれど、陸上は無理、ということか。

 そんな加藤と三宮に着くと映画館に向かった。すぐに映画のデカい看板が見えた。

 一応昨晩、妹のナミに聞いていた映画をやっている映画館だ。しかもホラー映画。

 ナミは、「映画なんて、何でもいいんだよ。怖い映画だったら、向こうから手を握ってくるかもしれないよ」と得意気に解説した。

 加藤が僕の手を? まず考えられない。それに加藤はホラーなんて平気そうだ。

 ホラー映画なら眠くはならないと思うが、まさかの時のためにカフェイン錠を飲んでおく。

 これがデートというものなのか?

 中学の時、妹のナミと同じようにホラー映画を見に行ったが、その時と変わらないのではないだろうか。

 同じようにポップコーンを手にコーラを飲み、映画のシナリオを追いかける。巨大スクリーンにドキドキしても、隣に座っている加藤にドキドキはしない。

 つまり、加藤には申し訳ないが、

 加藤の存在は、妹と変わらない。

 それに僕の大変失礼な心は、横に座っているのが、水沢さんだったら、とか考えていた。加藤、ごめん。

 でも、そう思ってしまうのは仕方ないんだ。

 それに、僕は過去も簡単に捨てられない。

 石山純子。あんな冷たい女の子のことも心のどこかでまだ諦め切れてはいないんだ。

 だから、加藤、こんな僕とデートしたって・・

 その時、突然、

 体に、電気のようなものが走った。

 いや、電気じゃない。これが女の子と触れ合うっていうことなんだ。きっと、そうなんだ。

 僕の左腕をしっかりと加藤の右手が握っていた。

 これって、そんなに怖いシーンか?

 いや、言うほど怖くはない。それとも女の子が「怖い」と感じるところは男と違うのか?

 僕の腕に加藤の力がどんどん加えられていく。

 腕を握るくらいならまだいい。加藤の体がこちらに徐々に傾いてきている。つまり、僕に寄り添っているということだ。

 これは紛れもなく初体験だ。

 更に加藤の手が僕の腕を滑り降り、手の甲に添えられた。

 加藤の手の平が汗ばんでいるのが分かった。どうやら、本当に怖がっているようだ。芝居ではないみたいだ。

 平気なのは、僕だけなのか、辺りを見回すと、女性陣が固唾を飲んで、スクリーンに魅入っている。見なければいいのに、と思っても見てしまうのが人情なのだろう。

 と、思った時、館内を大音響が響き渡った。

 同時に、女性客の悲鳴が耳を襲った。

 ああ、僕もスクリーンを見なければよかったと思った。画面では殺人鬼が、中年男の頭を斧で・・

 そんなシーンだった。 

 加藤の「きゃっ」という小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、加藤の手が僕の手の甲から腕にクルリと回された。そして、ギュッと抱きつかれる格好となった。僕の体からも汗が噴き出す。

 ようやく右手で紙コップを掴み、泡が抜け、ぬるくなったコーラを流し込む。

 もはや、映画の内容どころではない。

 お願いだ、主人公よ。早く、殺人鬼を退治してくれ!


 エンドロールが流れ、ちらほらと客が席を立ちだすと、体の中からどっと緊張が解け落ちていくようだった。重い荷物から解放されるような気がした。

 館内で透明になるよりは遥かにましだが、別の意味で、緊張の連続だった。


「怖かったよね」と加藤は言った。「鈴木は、あういうの、全然平気みたいだね」

「そ、そうだな」と僕は応えた。

 映画より、現実の方が平気じゃない。現実の方が緊張する。


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