第184話 檸檬(れもん)②

 白いドレスの青山先輩は歩きながら、

「鈴木くん、すごい芝居だったよ・・期待以上だった」と嬉しそうに言った。

「お義母さん・・青山麗華さんは、そんなに悪い人でもなさそうですね」と僕は言った。

 青山先輩は「そうかい? ふだんは結構きついけどな」と男性口調全開で言った。

「早川も解雇のようですし、青山先輩、これから楽になりますね」

「君のおかげだよ」青山先輩は嬉しそうに言った。

「青山夫人、僕たちの芝居に気づいていましたよ」

 そう僕が言うと、

「そうか・・悪かったね」と返ってきたので、

「いえ、意外と楽しかったし、勉強にもなりました」と応えた。


 そして、一仕事を終えたように、僕は歩みを早めた。足取りが軽くなる。 

 青山先輩より早く進んだ僕は、庭を眺めながら、

「青山先輩、それにしても大きな庭ですね」と感想を言った。

 その瞬間、

 え?

 庭園の時間が止まった・・ような気がした。

 それは、背後から青山先輩にギュッと抱き締められたからだ。

 青山先輩は、「今日は、本当にありがとう」と言って、

「今回・・芝居だったのが、残念だったよ」

 青山先輩は僕の肩に顔を埋めるようにして言った。青山先輩の芳しい香りがした。

「芝居が残念・・って、どういう意味ですか?」

 立ち止まざるを得ない状況の僕はそう尋ねた。

「君のあの芝居が本気だったら、よかった・・そういう意味だよ」

 青山先輩は顔を上げ、そう言った。「包容力には、ちょっと笑ったけどね」


 意地悪な青山先輩の言葉に僕は迷いながら、

「石坂さんが見てますよ」とだけ返した。

 そう言えば、僕を解放してくれると思ったが、

「そうだな・・石坂は別にかまわないが・・」

 青山先輩はそう言って、

「・・沙織に見られている。そんな気がするよ」と言った。

 え? 速水さんが?

 まさか、速水さんが透明化して近くにいる?

 速水さんは透明化していても僕には見えない。

 しかし、そんなバカな事、あるはずがない。第一、不法侵入だ。


「青山先輩、本当に速水さんがいるんですか?」

 僕が訊ねると、

「いや、私は、そんな気がする・・と、言ったんだよ」と答えた。

 そう言った青山先輩はようやく僕から離れ、石坂さんの元へと歩きだした。

 そして、

 青山先輩も色々あるのだろう・・そう思った。


 青山先輩に見送られ車に乗った。

 車中10分ほどの時間、石坂さんは、「お嬢さまは、きっと、お寂しいのですよ」

 と切り出し、

「以前に仲良くされていた・・」と名前を思い出すような顔をするので、

「速水さんでしょう?」と僕は言ってあげた。

「そうそう。その速水家のお嬢さまと、あることがきっかけで不仲になったようですから」

 親同士の不倫・・二人にはそんな過去がある。

「でも、今は、もう大丈夫みたいですよ」と僕が安心させるように言うと、

「そうですね。今の灯里さまには、鈴木さまがおられますから」

 今日一番の笑みを浮かべながら、石坂さんは言った。

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