第143話 「お前だったのか、僕はおぼえているぞ!」①

◆「お前だったのか、僕はおぼえているぞ!」 


 コーヒーブレイクが終わると、いよいよ合宿の解散だ。

 色々、ハプニングはあったが、それなりに楽しかった。

 それに何と言っても読書会は充実していた。


 池永先生の車を停めてある駐車場まで、海浜公園を抜けて行こうということになって、暑さも気にせず、松林の中を歩き始めた。

 ここはこの春、水沢さんと加藤と歩いた場所だ。そして、岸辺に立つ速水沙織も見かけた。

 池永先生は車で皆をそれぞれ家まで送ってくれるそうだ。速水さんだけは徒歩で10分ほどなので、この松林公園でお別れとなる。

 速水さんとは合宿中いろいろあった。

 夜の町での透明化、茶菓子店での再透明化・・そして極めつけは、露天風呂での速水さんとの混浴。

 そして、小清水さんの別の面を垣間見たり、青山先輩と速水さんがかつて知り合いだったことも知った。

 ただ・・そんなことを知って、どうなる?

 人のことを知って・・その先に一体何があるのだろう?


 そう思った時だった。

 松林の中を前に進むはずの僕たちの歩みが止まった。

 止まった原因は速水沙織だった。

 速水さんが突然、立ち止まったのだ。

 青山先輩が「どうしたんだ、沙織?」

 小清水さんも「速水部長・・どうしたんですかぁ?」と訊いた。

 そんな中、池永先生だけが、

「どうしてあの男がここにいるの?」と、ひとり大きな声を出していた。


 池永先生、そして、速水さんの視線の先には一人の男がいた。

 一目見てわかる。その柄の悪そうな雰囲気を全身にまとったような男。

 そいつは速水さんだけを見ている。


「さおり、逃げることはねえじゃねえか」

 その男は速水さんに向かって大きな声、げびた声でそう言った。

 そうか・・さっきのビーチで速水さんは池永先生に、叔父さんの家から逃げてきた、と言っていたのか。

 それからこの男は速水さんのことを探していたのか、それとも偶然出会うべくして出会ったのか?


 青山先輩が眉間に皺を寄らせ速水さんに「沙織、あの人、知り合いなの?」と訊ねた。

 速水さんはその問いかけに、

「ええ・・あの人が、養父の・・」と言いかけ、

「キリヤマよ」と強く言い直した。

 おそらく青山先輩は、彼女と仲が良かった頃以降の速水沙織の送ってきた人生を知らない。

 だが、その名を僕は知っている。

 あの旧速水邸で速水さんの現在の境遇のことを聞いて知っている。

 速水さんは二人の前で透明になり、「化物」と呼ばれた。


「おお、いつかのグラマー先生もいるじゃねえか。他に別嬪さん連中も」

 男は女性陣を舐め回すように眺めた。失礼極まりない。

 その存在そのものが、「悪」

 最もこの場に相応しくなく、消えて欲しい存在だ。

 おそらく速水さんも思っているだろう。

 いや、速水さんだけではない。ここにいる全員がそう思っているに違いない。

 池永先生も警戒の目を光らせているし、青山先輩はイヤな物でもみるような目をし、小清水さんも不安そうな顔をしている。

 ・・和田くんは?・・あれ?

 あいつ・・離れているじゃないか! 

 和田くんはかなり後退していた。まあ、いい、それはそれで。

 それよりも、速水さんは?


 前方の速水さんは振り返り、後ろにいる僕に、

「鈴木くんは、キリヤマに、一度、会っているわね」

 と言った。その顔は泣いているように、歪んで見えた。

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