第142話 こんな時間がずっと続けばいい②
それから、小清水さんの提案で、海に入ってボール遊びをすることになり、日焼け止めを先生に塗ってもらった速水さんも一緒に遊んだ。
一応泳げない和田くんを気遣って、深さは腰までしか浸からない浅瀬限定でボールを高く飛ばしっこし合った。
和田くんはどう思っているかは知らないが、
海面ではしゃぐ女性は、それになりに健康美に溢れ、人によっては扇情的にも見える。
扇情的なのはもちろん池永先生で、健康美に溢れ返っているのは小清水さん。
青山先輩は人魚のように海面を飛び回り、速水さんは大きな胸を・・
いや、これ以上、想像を膨らませるのは好ましくない。
速水さんも先ほどの暗いイメージが拭い去られ、昨日のような笑顔が溢れている。
読書会もいいが、こんな光景を眺めるのも悪くない。いや、ずっと続いていて欲しい。
そんな楽しいひと時が終わりを告げるのは、あっという間だ。
文芸サークルの陣地を片づけ、海の家で着替えを済ませると、池永先生の奢りということでアイスコーヒーを御馳走になった。
小清水さんが「青山先輩の水着姿って、本当の人魚みたいでしたよね」と皆に同意を求めると、
池永先生が、「でも、一番高校生らしいのは沙希ちゃんねえ」と言った。
それに対して小清水さんが「先生、どうしてですかぁ?」と訊ねると、
「だって、灯里ちゃんは私より、脚が長いし、沙織ちゃんは私より肌が白いし、胸も大きいんだもの」と体のチェックをしながら言った。
それ、先生としてどうかと・・
そんな話を聞いていた小清水さんが「それじゃ、私、何の取り柄もないみたいじゃないですかぁ」と抗議した。
僕は「行け! 和田くん」と背中を押した。
「そ、そんなことないよ。こっ、小清水さんは・・一番・・」と言いかけ、言葉を詰まらせた。
ダメだ。和田くんは文芸サークル新入りとしてはまだまだだ。
そんな和田くんを見かねて青山先輩が、
「和田くんは、沙希ちゃんが一番・・ピチピチと言おうとして」と言いかけ、
「いや、そうじゃないな。ピチピチはおかしい・・」と言葉を選びあぐねだした。
青山先輩・・ピチピチは絶対におかしいですよ・・
僕がそう思っていると、
「い、一番かわいいよ」と和田くんが身を乗り出すように言った。
和田くん、それは・・ストレート過ぎる。それに身を乗り出すとかえって嫌われるぞ。
和田くんの最後の一言で女子の品評会は終わりを告げたかと思うと、最後に池永先生が「誰も私のことを言わないのねえ」と不満をこぼした。
いや、もう十分です。
それまで黙っていた速水部長・・眼鏡を装着した速水さんが、
「先生が一番女性らしいと思うわ。それに、この中で一番魅力的・・男なら誰も放っておかないと思うわ。それだけ魅力的よ」と言葉を並べ立てた。
言葉は多くを言うと、よけいに真実味がなくなる。そのことがよくわかった。さすがは速水部長だ。
速水さんは続けて、
「どうして、誰も先生に声をかけてこないのかしら? 不思議だわ」と首を捻った。
速水さんの最後の一言で嫌味に聞こえてしまうから、言葉とは不思議なものだ。
速水さんにそう言われた先生は、「そうよねえ。なんでかなあ・・この合宿で私に声をかけてきたのは酔った男だけよぉ」と嘆いた。
そんな先生を見て小清水さんが真顔で、
「先生は、この合宿の目的は感傷旅行だったんですよね? ご縁のきっかけを作ることが目的ではありませんよね?」と的をついた意見を放った。
生真面目すぎる仏の小清水さんの言葉が更に先生を深く傷つける。
そんな情景をみていた和田くんが僕に小声で、
「鈴木くん、みんなは何の話をしているの?」と訊ねた。
たぶん、和田くんのような純情男にはわからない世界だ。
海の家から外に目をやると、そこにはまだ真夏の海が広がっていた。
そこには、夏を、海を、恋を精一杯楽しもうとする人しかいないように見える。
僕たちもそうなのだろうか?
いずれにせよ僕は、
こんなにも光に満ちている楽しい時間がずっと続けばいい・・そう思った。
それはおそらくここにいる皆がそう思っていたのではないだろうか?
しかし・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます