第133話 透明人間論議・・透明人間の正体は?②

 すると突然、小清水さんが、「案外、透明人間さん、っていうのは、池永先生の身近な人なのかもしれませんよ」と先生に向かって言った。

 小清水さん、鋭すぎます。

 僕がうろたえるのを見てか、青山先輩がこう言った。

「鈴木くん・・君は、見なかったのかい?」

 青山先輩の男性口調だ。

「な、何をですか?」

「透明人間だよ」と青山先輩は言った。「さっきから黙っているから、何か知っているんじゃないかと思ってね」

 僕は苦笑いを作り「何も知らないですよ」と何とか答えた。何か尋問されているみたいだ。


「君は池永先生と喫茶店にいたんだろう?」

 ドキドキした・・僕が追及されている。僕が疑われている。いったんそう思うと、速水さん以外の人の視線まで気になってくる。

「一緒に喫茶店にいたのなら、何か見た・・いや、透明人間の場合、感じた? かな・・」

 僕は青山先輩が言葉を選んでいるうちに考えた。 

 見ていないことに、いや、感じていないことにするのがベストか?

 どう答えたらいい? 

 僕がピンチになっても速水さんは知らんぷりだ。


 僕が「何も知らない」と答えようとすると、池永先生が、

「灯里ちゃん・・鈴木くんが知っているはずないのよぉ」と青山先輩に向かって「その男の人が透明人間に襲われたのは喫茶店の外らしいの」と思い出したように言った。

 それを聞いて青山先輩は、少し笑って、

「私は、君が透明人間かと思ったよ」と冗談ぽく言った。「だって、君のそんな真剣な顔、私は見たことがないよ。おかしいわ・・」

 青山先輩は続けてくすくすと笑いっぱなしだ。


 やれやれ、これで疑いが・・すると、池永先生が、また思い出したように、

「でも、鈴木くん・・トイレに行ってたわよね・・それもお腹を壊したとかで・・鈴木くん、長いトイレだったよねえ・・」と僕に向き直って言った。「でもねえ・・まさか・・」


 僕は飲みかけの缶コーヒーを吹き出しそうになった。慌ててゴクリと呑み込む。


「でも、私、鈴木くんだったら、襲われても、いいかなぁ・・って」

 と、池永先生が艶っぽく言うなり、小清水さんが、

「先生! それ、教師としてどうかと思います!」と先生をきつく戒める。

 本日何度目かの小清水さんの先生に対する叱責だ。先生は少し小さくなる。

 そんな先生に向かって僕は、

「あの、先生・・僕、そもそも透明人間じゃないし、先生を襲ったりなんかしませんよ」と思いっきり否定しておいた。


 青山先輩までもが、

「私も、鈴木くんが透明人間だったら、よかったのに・・と真剣に考えたよ」と楽しそうに言った。

 僕が言葉を失っていると青山先輩は、「その方が、面白いじゃないか」と付け足した。


 すると、速水さんがようやく口を開き、

「架空の、ありえない話を進めても、らちが明かないわ」ときっぱりと言った。「それに鈴木くんは影が薄いだけで、一応、人間の目に見えるから透明ではないわ」

 速水さん・・後の一言、よけいだ。


そんな速水さんに三つ編みの小清水さんが、

「・・でも・・速水部長・・部室に来た加藤さんが言ってましたよね」と切り出した。

 それはたぶん加藤の語った水沢さんの話だ。

 水沢さんの不思議な体質のことだ。

 青山先輩が「沙希ちゃん、その子はなんて言っていたんだい?」と男性口調で優しく話を促した。

「加藤さんは、水沢さんという親友の女の子が、人には見えないものが、聞こえたり、見えたりするって・・言ってました・この世の中には、信じられないことがまだまだあると思います」

 速水さんが「ありえない話」と言ったのに対して、小清水さんが「信じられないことがこの世界にはままだあるのかも」と対抗した。


 速水さんが「あの話は・・」と思い出したくないような表情をまとって「水沢さんの気のせいよ」と小さく言った。

 確かに、速水さんにとって、水沢純子は天敵のようにも思える。

 あの放課後の旧校舎の裏庭での出来事・・不良に囲まれた水沢さんは、速水さんの気配を感じ取っていた。

 そして、水沢さんは言った。

『あの人は、鈴木くんを愛している』と。

 

 速水さんは、透明化能力はもちろんのこと、自分のことを他人に知られたくない。

そうやって生きている。

 だから、水沢さんに気づかれたことは、自分の落ち度のように考えている。

 

 速水さんに続いて僕も「小清水さん。たぶん・・そうだよ。水沢さんの気のせいだよ」と言った。

 それが現時点でのベストな言い方。それで、速水さんをも肯定し、水沢さんの能力も隠せる。

 けれど、僕は・・小清水さんに嘘をついたことになる。

 小清水さんは、そのことが気に障ったのか、

「どうして・・速水部長も、鈴木くんも・・」と言い澱み、そのまま口を閉ざした。

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