第115話 再び、デートの誘い

◆再び、デートの誘い


「もういい・・この話はこれでおしまいっ! 忘れるっ」

 いや、そんなことを忘れられるはずはない。加藤はいつまでも憶えている。


「鈴木っ、そんなことより、はなび!」

「は?・・花見?」突然、花火と言いだす加藤に僕はワザとぼけた。さっきまでの緊張をほぐしたかった。

「違うよ・・ハ・ナ・ビっ!」

「はいはい、花火だな。わかったよ・・そんな大きな声を出さなくても」

 どうも加藤と一緒に喫茶店にいると加藤の声で目立ってしまいがちだ。

「それで、花火がどうかしたのか?」

「港の花火大会に一緒に行かない?」

 そう加藤は言った。瞳が輝いて見えるのは気のせいなのだろうか?


 えっ? 加藤と僕が? 花火大会に二人で? 何でだよ。

 ・・確かに加藤とは何かの縁があるらしく、度々遭遇したり色んな場所に行ったりしている。けれど、つき合っているわけではない。

 それに、水沢さんに誤解される可能性だってある。いや、大ありだ!


「僕なんかと行かなくても、陸上の子とか、茶道部の友達とかいるだろ?」

 水沢さんの誤解は何としても避けたい。ここは丁重に断ろう。花火にも興味がない。そもそも祭りとか好きではない。人ごみもイヤだ。


「ええっ? 鈴木、それ、さりげなく断ってるのぉっ」

 加藤の顔が険しくなる。怒ってるのか?

「そういうわけじゃないけど、僕なんかと行ったって・・」

 僕がそう言うと加藤は笑って「鈴木、影が薄いくせに断るんだぁ?」と言った。

「影が・・関係あるのか?」

 僕がむくれて言うと、加藤は、

「あのねえ・・鈴木さあ・・世の中には影が薄い男の子の方が、好き・・」とそこまで言って「ち、ちがう・・」と言って訂正し「そんな男の子の方が気を使わなくていい、っていう女の子も大勢いるんだよ」と強く言った。

 そ、そうなのか? 影が薄い方が気を使わない・・初耳だな。それ。

それより、さっき、「好き」って言ってたよな。どう受け止めたらいいんだ?


「加藤もそうなのか? 影が薄い方が気を使わないのか?」

加藤は「そうだよ」とあっさり答え「・・って言うよりも、鈴木は、もう十分影は濃いと思うけどね」と言った。「あ、これ、私にとっては・・だけどね」と付け足した。


「それにさあ・・陸上の男子って、頭の中、汗しかないっていうか。面白くないんだよ」

 頭の中が汗しかないって・・いつか佐藤が加藤の悪口を言った時とそっくりだな。

「実はこの企画を言い出したのは純子の方なんだよ」

 水沢さんが!・・

「何? その顔・・嬉しそうな顔して」

 まずい、ここは平静を装わないと。僕は感情が顔に出やすいタイプだ。


「鈴木、この前、純子と、図書館のラウンジに言ったんでしょ?」

「ああ、行ったよ。水沢さんが僕に話があったみたいだから」

 あの時、水沢さんから聞いた話は、どこまで加藤は知っているのだろう? 下手なことは言えないな。


「私ね・・『純子だけ、ずるいっ』って言ったんだよ」

 ずるい?

 僕が「どういうことだ?」と訊ねると、

「だって、抜け駆けみたいじゃん・・」

 抜け駆け、って加藤は何を言っているんだ? 意味不明だ。僕の戸惑いとは別に加藤は話を進める。

「私がそう言うとさ・・純子が・・」

 水沢さんは何を?

「純子が『じゃあ、ゆかり・・今度はみんなで・・鈴木くんと3人で花火を見に行こうよ』って提案したんだよ・・ということで、今日、呼び止めたのは花火大会に鈴木を誘うのが目的だったんだよ・・よろしくね、鈴木」

 透明人間の話の時とは打って変わった明るい表情で加藤は言った。

 よろしくって・・

 何だ・・三人でか・・ホッとしたような・・何か、一つの期待が外れたような不思議な感覚だった。

 自分の感情が不明確になっている・・

それに、何で花火大会なんだよ・・そんな賑やかな場所、行ったことがないぞ。


「私は本当は、鈴木と二人だけの方がよかったんだけどねえ」

 加藤はそう言って「冗談、冗談っ・・取り消しっ」と手をパタパタと振って笑った。「こんなこと言ったら、純子にまた怒られるよ」


 あんな風に無邪気に言われたら、

女の子に言われ慣れていない僕は・・真面目に受け取ってしまう。

 加藤の方は何も考えていないと思うが、僕は・・

 僕は・・何を考えているんだ・・僕は水沢さんだけを・・

 ああっ、わからないっ

・・これも太陽のせいなのだろうか?


加藤が「いいでしょ? 予定を空けといてね」と言った。

僕は「うん」と答えた。

こうして、夏休みのプール以外の予定に、合宿と花火大会ができた。


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