第94話 僕は君のために、彼女は誰のために?②

 明らかに水沢さんが迷惑そうにしているのがわかる。ここからは表情までは見えないが、僕にはわかる。

 けど、どうして、水沢さんが旧校舎の裏庭にいるのだろう?

 彼らに呼びだされたのか?

 いや、違う、水沢さんはさっき友達を待っていると言っていた。

 友達というのは、おそらく加藤ゆかりだ。加藤と待ち合わせをしているところを彼らに発見された・・そう推測できる。

 けど、それより、どうする?

 ・・どうすればいい?

 水沢さんは、僕が恋い焦がれる人・・けれど、叶わない恋の人。

 

 行動案の一つ・・放っておく。見ないふりだ。知らないを貫く。関わらない方がいい。その選択はいつもの僕だ。これまで僕はそうやって生きてきた。

 

 二つ・・裏庭に出向き、彼らと水沢さんを引き離す・・彼らを説得? どうやって? 言葉が見つからない。

 そして、三つ目・・体を透明化して彼らを怖がらせる。物を動かすか。声を間近で出す。殴る?・・いや、つねるぐらいにしておく。

 

 ああっ、考えてもわからない。決められない!

 そう思っていると、文芸サークルの部室のドアが開く音がした。おそらく速水部長だろう。ここで速水さんに呼び止められれば、下に行く機会が失われる。

 それは一つ目の選択だ・・「関わらない」になってしまう。

 やっぱり、それはダメだ!

 僕は部室へは行かず、僕の足は廊下の真ん中にある階段に向かった。踊り場を抜け一階に降りる。 

 旧校舎の裏庭側の観音扉の出口は、滅多に開いていることはない。鍵が閉まっていることがほとんどだ。が、今は大丈夫だ。開いている。

 だが、水沢さんの所に行ってどうする?

 僕はまだ決めていない。

 このまま行って、そして、彼らに何を言うか?

 それとも体を透明化して、二人の男を怖がらせるか? けれど、相手は体育会系だ。怖がらないかもしれない。

 だったら・・


 外に出ると、初夏の日差しが眩しかった。

 男たちの背中が見え、その向こうに水沢さんがいる。

 明らかに男たちを迷惑そうにしている表情・・その顔が僕の方を見た。僕の姿を認めたようだ。僕は透明ではない。


 水沢さんが僕の方を見るのと同時に男たちが振り向いた。

 男たちは、まぎれもなくトイレで見た上級生だ。男のスポーツバッグからはみ出ているのは空手か柔道の胴着に見える。

 胸をはだけた痩身の男と、肥満気味のいかつい男。


 一瞬で彼らの関心が水沢さんから僕の方に移ったようだった。

 その方がいい・・

 同時に、

「水沢さん!」そう僕は声をかけた。

「鈴木くん・・」速水さんが小さく言ったのが聞こえた。

その顔を見ると、厭な思いをしているのがわかる。早くこの状況を抜け出したい、でも、ここで友達を待たなければならない。そんな表情だ。


「なんだ。お前?」二人の男は理由もなく喧嘩腰の体勢だ。そういう連中なのだろう。

「何か、俺らに用事かよ!」下級生を見下すような物言いだ。


 水沢さんがポニーテールを揺らしながら僕の方に駆け寄ってきた。

 僕と水沢さんがぴたりと横並びになる。心が熱くなる。これがこんな状況でなかったら、どんなに喜んだことだろう。

「さっき、言ってた友達、ってのは、こいつのことか?」痩せた方が僕を指して言った。

 どうやら水沢さんが「友達を待っている」と言ったのを勘違いしているらしい。

 水沢さんは声に出さずにコクリと頷いた。


 痩せた方が肥った方に「おい、ヤマシロ、彼女、つき合ってる男がいたのか?」と不審げに訊ねる。

「そんな男はいないって、後輩から聞いてるぜ」とヤマシロと呼ばれた男が自信たっぷりに答える。

 友達という言葉が彼らの脳内ですぐに彼氏に変換したらしい。

 僕は咄嗟に、

「ああ、そうだよ。水沢さんは僕の彼女だ」

 彼らに訊かれる前に答えた。

 驚いたような水沢さんの表情が脳裏に焼き付いた瞬間だった。

 水沢さん、ごめん・・

 あとで謝らないと・・

 水沢さんがその言葉をどう受け止めたのかはわからないが、水沢さんは僕の斜め後ろにに後退した。僕が彼らの前に出る格好になった。


「へえっ、でも。なんか、ひ弱そうな奴じゃん」

 痩せた男、けれど、強そうな男・・こっちの方が水沢さんに好意を抱いている方か? いや、こういう無理やりなのは好意とは言わない。

「たぶん、この男、違うぜ」

 太った方は派手な指輪を二つもはめている。

「俺もそう思うな・・全然、似合ってないじゃんか」

 二人は僕を水沢さんの相手と認めないようだ。

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