第84話 片思いの男たち

◆片思いの男たち


「す、鈴木くん・・ちょっといいかな」

 少しどもりながら僕に話しかけてきたのは、クラスの中でも、一段と影の薄い・・いや、正確には、僕よりも影が薄く、存在感のない和田くんだった。

 僕よりも影が薄いとなれば、自然と優越感が沸く。

 だが、そんな彼ともこれまで言葉を親密に交わしたことはない。

互いに無口同志だ。

 同類相憐れむの関係に見られるのがイヤで避けているのかもしれない。和田くんの方でも多分そうだろう。

 活動的な男子達は同類で群れをなしているようだが、その反対の人間が同類で集まるとは限らない。

 お互いに避ける場合だってある。

 そんな和田くんに話かけられた。それは二年生になって初めてのことだ。

 しかも、放課後、部室に向かっている時の廊下だった。


「噂で聞いたんだけど・・鈴木くん、文芸部に入ったんだって?」

 背が低い和田くんは僕を見上げるようにして言った。

「入ってるよ。正しくは文芸サークルだけどな」

 和田くんはその名称はどうでもいいことらしく、

「ちょっと、文芸部について、訊きたいんだけど・・」

「何だ?」

 無愛想に答える。

 ・・僕はただの影が薄い人間ではない。存在感がないだけではなく、誰とも関わりたくない・・そんな性格なのだ。

 と偉そうに言い切っても、最近はそうも言えない状況が続いている。

 元はと言えば、速水さんに文芸サークルに無理やり入れられてからだ。


「文芸部には、僕たちのクラスの小清水沙希さんがいるよね?」

 小さな声で和田くんは訊いた。

「いるけど」

 愛想なしで答えた僕に和田は、

「小清水さんには・・か、彼氏とか・・いるの?」

 小清水さんに、彼氏・・

「知らないよ・・プライベートなことは」

 この前、本屋さんの帰りに見かけたのが彼氏なのか。一般的に見て、そうだろう。遊び人で名が通っている隣のクラスの男子生徒。

 だが、ここはあえて知らないと言っておくことにした。

 僕の返答に和田くんは落胆したようにうなだれ「そうか」と小さく言った。


 推測するに、和田くんは小清水さんが好きなのだろう。それはおそらく片思いだ。

 それくらい誰にでもわかる。

 そんな誰にでもわかることを訊いてくるくらいだ。よっぽど小清水さんが好きなのだろう。僕に訊ねるのも勇気がいったのかもしれない。


 だから、僕は和田くんにこう言うことにした。

「小清水さんが気になるのなら、文芸サークルに入ればいいだろ」

 そうは言ったものの和田くんに入って欲しくない。同類の集まりに思われるのもいやだ。

 だが、和田くんに入ってもらえれば、合宿の定員が満たされ、僕は青山先輩を待ち伏せしなくてすむ。

 そんな僕の思いは無関係に、

「僕、漫画しか読まないんだ・・」とまた小さく言った。

 逆に僕は漫画は苦手だ。

 だが、そんなことより・・

 小清水さんに気があるのなら、本でも読めばいいじゃないか。

 が、そんなことは決して言わない。和田くんの趣味に介入しない、関わらない。

 だから、この話はこれで終わりだ。


 僕は「もう話はいいか?」

 いったい何が言いたいのかわからない和田くんにそう言った。

 和田くんが返事をしないので僕はその場を去った。

 僕は冷たいのかもしれない。

 本当は和田くんと親密に話を交わしたり、恋の悩みを打ち明け合ったりしないといけないのかもしれない。

 あの中一の時の女先生・・しきりにみんなと仲良くするように、友達を積極的に作るように言っていた先生に叱られるかもな。


 だが、無理だ。

 僕は誰とも仲良くなれない。

 元々誰かと仲良くする気もないし、できない。

 それがなぜかはわからない。多分一生かかっても分からないのかもしれない。


 ・・ん?

 その時、体の異変に気づいた。

 体が透明化していた。ゼリー状だ。よほど、和田くんと話すのに拒否反応が出ていたのだろう。

 元いた場所を振り返ると、もう和田君の姿はそこにはない。

 誰にも気づかれなかっただろうな。


 いずれにせよ、このままの状態で部室に行くわけにはいかないので、一階の男子トイレに入った。一度入室すると中々抜け出せないクラブだ。ちゃんと用足しはしておかないと。

 

 トイレに入ると男が二人、用を足した後なのか、洗面所で談笑している。

 知らない奴らだ。

 ここで動けば、音がする。僕は息を潜めた。用を足すのは彼らが出て行ったあとにしよう。


 トイレの壁に背を持たれ、じっとしていると、彼らの会話が耳に入る。


「お前が言ってた、二年二組のかわいい子の名前、わかったぜ」

 判断するに、彼らは3年生のようだ。

「ほんとかよ・・で、なんて言うんだあの子の名前?」

「水沢純子っていうんだ」

 一瞬、ドキッとした。

「いい名前じゃないか!」

「だろ・・クラブの後輩に聞いたんだ」


 そんな言葉を聞いた瞬間、僕の喉の奥から咳が込み上げてきた。そして、咳を抑えこむために小さな咳払いをしたせいで変な音を出してしまった。「ぐぷっ」


「何だ、今の音?・・お前か?」

 気づかれた!

「え・・何のことだ?」

 もう一人の生徒は気づいていない。

「おい、トイレに誰かいるんじゃないのか?」

「ボックスには誰もいないぜ・・お前の気のせいだろ」

 気づいていない方の言葉のおかげで、気づいた男子は何とか納得したようだ。


 もっと彼らの話を聞いていたかったが、そうもいかない、僕は半開きのドアから忍者のようにするりと抜け出た。

 そして、歩きながらさっきの上級生の言葉を考えていた。

 あの上級生、水沢さんの名前を知って、どうするんだ?

 あいつは水沢さんに片思いをしているのか?

 けれど、彼らの雰囲気、見たくれ・・絶対にあの水沢さんに似合わないぞ! 柄も悪そうで品もない。

 それに、まだ水沢さんの名前を調べている段階だ。

 それに比べて、僕は・・片思いにしろ、あの水沢さんと水族館とか行ったんだぞ。

 手だって・・触れた。


 そんな優越感に浸りながら、僕は部室のある旧校舎に向かった。

 部室に向かいながら僕はこう思った。

  片思い・・さっきの上級生がどれほど水沢さんに好意を持っているのか分からないが、片思いという点では、結局、横並びなのかもしれない。


 ・・だが、もし、水沢さんに、誰かの思いの深さがわかる能力とかがあれば、

 僕は一番だ・・僕は誰よりも水沢さんに恋をしている。

 そんな自信がある。

 

 でも、もし僕よりも水沢さんのことが好きな男が現れ、いや、いたりしたら・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る