第83話 最強の休部員?②

「小清水さんは、その先輩を知ってるのか?」

 僕は正面にいる小清水さんに聞いた。

「ええ・・青山先輩・・青山灯里(あかり)さん・・この春まで来ていましたから」

 女の人・・僕とすれ違いで、来なくなった人なのか。


 僕は速水さんに「それで、速水部長、どうやって、休部中の先輩に声をかけるんだよ」と訊ねた。

「それでは、鈴木くん、引き受けてくれるのね?」

「ほとんど、無理やりだな」と僕が弱く抗議すると、

「私、あの人・・青山さんは苦手なのよ。ちょうどよかったわ、鈴木くんのような人がいてくれて」

 僕はそんな時のための補強要員か。


「ところで、その青山先輩に会うの、どうすればいいんだ? まさか、三年生の教室に出向けって言うんじゃないだろうな」

 三年生の教室に入るなんて、すごく、格好悪いぞ。それに・・

「それに・・僕の場合、影が薄いんだけど、3年の教室に行って大丈夫か?」

 その言葉に小清水さんが「鈴木くん、それ、どういうことですかあ?」と訊ねた。

 そこへ、すかさず速水さんが、

「沙希さん、きっと鈴木くんは『僕は影が薄いけど、僕の姿が青山さんに見えるか、どうか心配なんだ』・・とでも言いたいだけなのよ・・鈴木くんのつまらない冗談よ。いちいち真に受けない方がいいわ」

「つまらない冗談で悪かったな」と僕はふてくされた。

 小清水さんは「そうだったんですね」と笑顔で納得した。

 池永先生がそんな僕たちの様子を見て、

「へえ~っ、速水さんって、鈴木くんのことなら何でもわかるのね」と感心したように言った。

 池永先生の言葉に、速水さんは、

「だって、鈴木くんって、わかりやすい性格なんですもの」と言った。

 池永先生も「そうねえ・・先生もそう思うわ・・それに鈴木くん、いい人っぽいところもあるし」とつけ加えた。

いい人っぽい、って何だよ! お人好しという意味で言っているだろ!


 速水さんだけでなく、池永先生までもか、と思っていると、

 更に小清水さんが、追い打ちをかけるように、

「鈴木くんだったら、青山先輩にも、気持ちが通じるかもしれませんよ」と言った。

 変なプレッシャーを感じるな・・


 速水さんは状況を見て、「これでこの話はおしまいね」と判断したように言った。

「ちょっと、待てよ。まだ話が終わってないぞ! 僕はどこでその青山先輩に声をかけたらいいんだ?」

 速水さんは改めて眼鏡の位置を整えて、

「鈴木くん、それは極めて簡単よ」と言った。

「簡単って?」

「彼女・・いえ、青山さんの家に行けばいいのよ」

 速水さんがそう言うと、池永先生が「速水さん、ちょっと自宅はまずいわよ」と制した。

 速水さんは「コホン」と咳払いをして、

「そうね。言われてみれば確かに、自宅っていうのはまずいわね」

 指摘されるまで気づかなかったのか。

 だが速水さんは懲りずに、

「だったら、鈴木くん、青山さんを待ち伏せしてちょうだい」と命令口調で言った。

「待ち伏せだと!」と僕は 大袈裟に反応した。


 待ち伏せ・・そんな大それたこと、僕の17年間の短い人生で一度もしたことがない。

 しかも年上の女性・・かつ、会ったこともない人だ。

 影の薄い僕にそんな大胆なことができるのか? 相手に見えなかったりしたらどうするんだよ。


「これで決まりね。待ち伏せ場所は校門前よ」

 と速水さんは強く言った。速水部長、無理に早く話を終わらそうとしてるだろ。

 僕は速水さんの押しに観念して、

「わかったよ。校門前で待ち伏せするから、写真とかないのか」と言った。

 小清水さんが「写真・・そういえば」と言って、書架の隣の戸棚の中をごそごそと何やら探し始めた。

 そして、埃まみれのアルバムのようなものを取り出した。

「これ、去年の写真ですけど」

 繰られたページの中に、新聞記事の切り抜き写真のようなものが貼ってあった。

 速水さんが「その写真、学校の新聞の切り抜きよ。青山先輩が美術の絵画部門で優勝した時のものね」

「あら、懐かしいわね」と池永先生が言った。


 そこに映っている青山先輩の雰囲気・・なんだか、本当の大人の女性みたいだ。

 ただ一年上の先輩だからという理由ではない。

 少しもちゃらけた感じがしない。というか、高校生らしさがない。

 僕が幼かった頃、大人の女性というのは、こういう人を指すのだ思っていた。長い黒髪、少し翳のある表情・・そんなイメージが青山先輩にはあった。


「彼女、どんな感じの人なんだ?」

「どんな感じ?」と速水さんは言った。

「性格とかだよ」

「そうね・・青山さんは一言で言うと・・」

「一言で言うと?」

「大人ね」そう速水さんは言った。

「ですよねぇ。青山先輩・・すごく大人っぽいですよね」と小清水さん。

「本当ね・・彼女、ちょっと高校生らしくないっていうか」とマドンナ先生。

 ・・写真で見た通りだな。


 さて・・いづれにせよ、僕は近日中にこの人を待ち伏せしなければならなくなったわけだ。


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