第75話 水沢純子に見えるもの②

 それは全て僕のせいだ。

 水沢さんは見えないはずの幽霊を見れる自分がおかしいと思い込んでいる。

 あの時、あの激しい雨の日、僕の姿はどのあたりまで水沢さんに見えていたのだろう。まさか、顔の形まで・・いや、そんなことはありえない・・それに、

 そんなこと、水沢さんに訊けるはずもない。


 速水さんが「どうも話がよく見えてこないわね」と言うと、

 突然、それまで黙っていた小清水さんが意を決したように、

「・・好きだから、見えるんじゃないのかな?」と言った。

 幽霊が好きだから見える? だと?・・でもその幽霊は・・


 その小清水さんの言葉に、一番反応したのは加藤だった。

「でしょ! 沙希ちゃん。そう思うでしょ」と加藤は嬉しそうに言った。

ようやく自分の理解者が現れた感じのような表情だ。

 小清水さんは続けて、

「たぶん、それは水沢さんの守護霊か何かじゃないかと思うんですよ」

 守護霊?

 いや、違うんだ。守護霊じゃなくて、それは、僕なんだ。

 そんなこと言えないよな。こんな時、僕は彼女たちにどう言えばいいんだ?

 

 僕は思考した。

 この現象を利用する方向へ持っていくこと・・

 ・・僕は水沢さんのことをもっと知りたい・・ずっとそう思っていた。

 この会話を利用して僕は水沢純子のことをもっと知ることができるんじゃいないかと。

 僕は加藤に、

「守護霊じゃなくて・・『生霊』かもしれない」と言った。

 この質問なら・・わかる。水沢さんのことを。


 加藤は「イキリョウ・・って何?」と僕と小清水さんの顔を見合わせながら訊いた。

「生きている人間の霊魂のことですよ」と答える小清水さん。

「へえっ、沙希ちゃん、何でも知ってるんだね」と感心する加藤。

 いや、加藤が知らなさすぎるだけだから。

 ついでに速水さんも飽きれ顔だ。


「でも、なんで? 生きてる人って・・それって誰の霊?」と加藤は誰ともなく訊ねる。

 小清水さんは加藤に解説するように、

「ご親族・・あるいは、水沢さんがおつき合いしている人・・いえ、おつきあいはしていなくても、水沢さんを思っている人かも・・」と言った。

 小清水さん、ごめん! 

 僕が意図したように答えてくれて・・

 これで、もし水沢さんにつき合っている人がいるのなら・・

 加藤の返答でわかる。


「あははっ、ない、ないっ」加藤は大袈裟に手をぶんぶんと振りながら、

「純子が男とおつき合いなんて・・絶対にないよお」と言った。

 水沢純子につき合っている人はいない・・

 飛び上がるような喜びを感じた。

 加藤の言葉にどれくらいの信憑性があるのかわからないが、とにかく嬉しかった。

 つき合っている人はいない・・そんな言葉がすごく甘酸っぱく思える。

 同時に僕の恋心が更に燃えてくるのを感じた。

 しかし、

「純子はね・・恋なんて、できないんだよ」と、

 加藤は遠くを見るような目で言った。

 小清水さんは「水沢さんは・・どうして恋ができないんですか?」と単純な質問を加藤にぶつけた。僕もわからない。


「純子のご両親・・厳しいからね・・」

 加藤はそう前置きをして、

「純子が男を次々、ふっているような噂がよく飛んでいるけど・・あれ、違うんだよ」

 加藤は勝手に話を進めた。「純子は、相手に迷惑をかけたら悪いと思って、ふってるところがあるんだよね」

 迷惑?・・水沢さんの両親が厳しいせいで・・なのか?・・よくわからない。


 小清水さんが、

「でも・・それって、水沢さんが仮に・・本当に好きな人に告白されたら、また違うんじゃないですか?」と言うと、

 加藤は「沙希ちゃん・・そう思うでしょ?」と言って。

「純子は誰も好きにならないと思うよ・・だから、見えないものを好きになったりするんだよ」と言い「これはあくまでも私の推測だけどね」と続け、舌をペロッと出した。

 笑う加藤に小清水さんは続けて、

「ということは・・、水沢さんには好きな人って・・いないんですね?」と確認するように訊いた。

 小清水さんがそんな質問をするとは思わなかった。

 小清水さんはどうしてそんなことを訊いたのだろう・・


 そこへイライラしたような速水さんが、

「加藤さん・・さっきから話を聞いていると、加藤さんの推測部分がほとんどを占めているような気がするのだけれど・・」と言った。


「あははっ、ごめんね。速水さん」と謝って「私も何が言いたいのか、よく分からなくなってきたよ」と言った。

 そして、

「でもね・・純子、昔っから・・そういうところがあるんだよ」

「そういうところ?」速水さんが怪訝そうな顔で訊ねる。

「純子には、人には見えないものが見えるんだって」

 え?

 その言葉に驚いたのは、おそらくこの部室にいる二人だ。

 それは僕と、速水沙織。

「そ、それは・・あくまでも加藤さんの想像なのよね?」

 なぜか、動揺したように言う速水さん。

 もし・・仮に水沢さんに見えないもの・・人の魂のようなものが見えるとするのなら、

 速水さんにとっても都合の悪いことなのかもしれない。

 あの水族館の時、水沢さんがトイレに行っている間、僕の前に透明化した速水さんが現れ、そして、去っていった。

 もし、速水さんが去る前に、水沢さんがトイレから戻ってきていたとしたら・・

 どうなっていたのだろう?

 そう考えていると、

 コンコンと部室のドアがノックされ、開いたドアの向こうから女の子の顔が覗いた。

「加藤さん・・お話、まだですか? 部長が呼んでるんですけどぉ」

 どうやら、茶道部の呼び出しらしい。

「あははっ、ごめんねっ、話に夢中になってて、忘れてたよ。私、部活の途中だったんだ」

 と大きな声で茶道部の子に謝り、「この部室、居心地よくってさ」と言った。


 そんな加藤に速水さんは「加藤さん、今度、部室に遊びに来るときは手土産はなしにしてもらえるかしら」と言った。

 そう言った速水さんに加藤は素直に「わかったよ、沙織ちゃん」と速水沙織を下の名で呼んだ。

 言われた当の速水さんはなぜか照れている。名前で呼ばれ慣れていないのか?

「沙織ちゃん」・・どうもしっくりこないな。


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