第47話 マドンナ先生の決断②

 ところが・・

「私、傷心旅行をするわ」と池永先生は言った。

 切り替えがずいぶん早いな。

 それが大人というものなのか・・

 それとも、大人になるにつれ、恋も軽くなるのか?


「旅行・・それがいいですよ」と微笑む小清水さん。

「でも授業はちゃんとしてくださいね」ときつめの速水沙織。

「・・そうだな」と、どうでもよくなってきた僕。

 小清水さんが池永先生が落ち着いたのを見計らって、みんなにお茶を入れた。


 池永先生は小清水さんの出したお茶を一気に飲み、

「それで・・みんなに相談なんだけど・・」と切り出した。

 相談?

「何かしら?」口元から湯呑を離し速水さんは訊いた。

 速水さんのきつめの問いに、池永先生は、

「みんなで私の傷心旅行につき合ってくれないかしら?」と言った。

 へ?

 即、速水さんは、

「池永先生、傷心旅行は一人で行くものよ」と返した。

 冷徹な速水部長の目が鋭い。


「先生、一緒に行ってくれるお友達、いないんですかあ?」速水さんとは別の切り口で小清水さんは言った。

「それがね、私、友達が全然いないのよ。昔っから」

 ちょっとその理由がわかる気がしてきた。


「それに、私、文芸サークルの顧問として、何にもしてないし・・丁度いいかなあって・・」

「何が『チョウド』! なんですか?」速水さん、少し機嫌が悪くなってきたようだ。


 そんな速水さんの機嫌など、おかまいなしに池永先生はこう言った。

「丁度って・・もちろん、夏休みの文芸サークルの合宿によ」

 合宿だって?

「それって、文芸サークルご一行の合宿・・じゃなくてただの先生の傷心ツアーじゃないんですか?」

 小清水さんもささやかながら抗議をした。

 でもその顔が嬉しそうに見えるのはなぜだ。

 僕としては夏休みは受験勉強に力を入れる予定だ。あまり余計な予定は入れたくない。


 速水さんも当然、きつくお断りの返事をするはず・・

 今後の部活にそんなスケジュールはないはずだ。


 けれど、そんな僕の予想に反して、

 速水沙織は「面白そうね・・」と言った。

 次に小清水さんの顔を改めて見たが、「さすがは部長!」と言いたげな顔をしている。


 反対なのは僕だけか。

 何日行くのか知らないが、僕は集中して勉強を、特に苦手な英語を克服しないと・・英語、英文法、英文解釈・・そうだ! 英語の先生は池永先生。

 うーん・・英語の先生である池永先生引率の合宿も悪くないかも。

 ついでに色々、教えてもらえるメリット大・・これは魅力的だ。


 僕も「それ、いいな」とみんなに同調した。


「決まりね」

 この場で最も喜んでいるのは、池永先生だろう。さっきまでの落ち込みようは何だったんだ?

「場所は有馬温泉よ!」更にはしゃぎながら池永先生が言った。

 有馬温泉って・・当然、六甲山の裏側の温泉地。

 近い! 近すぎる! この山のすぐ裏手みたいなもんじゃないか?

 電車でも、ロープウェイでもすぐだぞ!

 速水さんも小清水さんも当然反対だよな。

 だが・・

「そうね。いい案だわ・・サークルの予算は、部みたいにあまりないもの」と速水さんは納得したように言った。

 予算・・そんなにないのか?

「有馬なら、宿泊費くらいですみますね」と会計担当の小清水さんも安心したように言った。

 有馬・・小学校の時、家族全員で行ったぞ。あの時は妹のナミも男風呂に入っていたな。

 と余計なことを思い出した。

 仕方ない。ここはみんなに合わせておくことにする。


「ぼ、僕も行っていいんだよな?」

 念のため確認をとっておくことにする。

 女の中に、男が一人・・何とやら・・と、小学校の時、からかう奴がいたのを思い出した。

「鈴木くん、何を言っているの? あなたは部員じゃないの」と速水さん。

「・・いや、女性ばかりだから・・何か、その・・」


 池永先生が、

「な~にい? 鈴木くん、恥ずかしかったりするの?」とからかう。

「いや、そんなんじゃなくて」

「ひょっとして、鈴木くん、この部の中にお目当ての子がいるとか?」

 はあっ? 唐突に何を言い出すんだこの先生は!

 部員の女の子って、速水部長と小清水さんの二人だけじゃないか。

 仮に「いる」と答えたりしたら1/2の確率で的中だぞ。


「い、池永先生!」と動揺を見せながら抗議する小清水さん。

「誰か、いるんじゃないかしら?」と淡々と言う速水さん。


「うふっ、私は、沙希ちゃんだと思うんだけどなあ・・」

 小清水さん?

「もうッ、先生! やめてください! 鈴木くんに失礼ですよ!」

 真っ赤な顔で猛抗議する小清水さん。


「あら、鈴木くんの好きな人は・・」と言いかけた速水さんを慌てて制し、

「もう、やめてくれっ!」と大きな声を出した。その声に驚いた速水さんはそれ以上は話さなかった。この部室内で水沢純子の名前が出たりしたら、やっかいだ。

 

 僕の一声でこの話題は終了し、

 合宿の内容の話し合いに変わった。

 休部中の部員に声をかけるか、どうか、とか。

 いつもの読書会は、どのようにするか? 

 冊数を増やすか。または他の趣向で行うとか。みんなで詩を書き合うとか・・

 全く決まりそうにもないし、池永先生が途中でかき乱すので、今度の土曜日にでもまた改めて話し合う機会を持つことにした。


 いずれにせよ。池永先生の失恋騒動は一応の落ち着きを見せたようだった。

 

 合宿・・みんなと寝泊り・・長い時間、皆と過ごす。

 少し、不安があることはある。

 それは僕の透明化だ。いつ体が透明になるとも限らない。

 速水さんならかまわないが、小清水さん、池永先生がいる・・

 ま・・いつもより、カフェインを多目に仕込めば、何とかなるか。そう考えることにした。

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