第41話 思春期と自己催眠①

◆思春期と自己催眠


 速水さんの声が聞こえなくなると、不安になる。一人きりで廃墟に取り残されたような気分になる。

「速水さん、そこにいるんだよな?」

 そう確認すると「ええ、いるわよ」と声が返ってきた。


「気がつくと、私は世界の中で一人きり・・」

 真実味がある言葉だ。

 今も速水さんは、一人、透明だ。


「その頃、速水さんには、学校の友達とか、いなかったのか?」

「私みたいな子はね・・そんな暗い子はね・・ますます、嫌われていくのよ・・友達にも、家族にも・・その頃、本だけが私の友達だった気がするわ」

 それで文芸部っていうわけか。


「いつか、世界が変わる。そう書いてあった本があったわ。信じていれば、必ず、世界が変わる」

 速水さんは空を見上げている。なぜかそんな気がした。

「でも、現実は違ったみたいね」

 信じていて、世界が変わってくれるのなら、そんなに楽なことはないだろう。

 そんな非現実な言葉は嫌いだ。


「ある日、母は言ったの・・『あんたって、けっこう邪魔ね、いっそのこと、いなくなればいいのに・・・目の前から消えてくればいいのに』・・・もうあまり憶えていないけど、そんなことを言われたわ」

 そんな言葉、憶えていたくないだろ。

「それ、冗談だろ」と僕は言った。

 そんなひどいことを子供に対して言う親はいない。いるとしたら、それはもう病気だ。


 僕の言葉に速水さんは「ふふっ」と笑った。

 ・・速水さん、今、君はどんな顔をしているんだ?

 無性に僕は速水さんの姿、いつもの眼鏡のくい上げ顔、その瞳も、表情、それら全てを見たくなった。


「さて、ここからが本題よ。鈴木くんの知りたかったことよ」

「透明化についてか?」

「その頃よ、私が透明化能力を身につけたのは」

 速水さんが母親に邪魔者扱いされるようになった時。


「最初は、鈴木くんと同じよ。本を読んでいる時、眠くなって・・それでも読み続けていたら、透明になったの」

 その話を聞いて、速水さんが僕と同じ経験をしていたこでがすごく嬉しくなった。

 しかし、速水さんの場合は、自由にできる。なぜだ?


「それって、いつのことなんだ?」

「高校一年の5月8日・・忘れないわ・・私、自分の体が怖くなって、図書館で必死で調べたわ」

 一年前か・・

「透明人間の本か?」

 僕の問いに、速水さんは「だから、そんな本には何も書かれていないのよ」と言った。

 前にも図書室で言われた言葉だから、何だか悔しい。


「精神学や、物理関連の本も調べたわ。でも、本の中に納得のいく答えは見つからなかったわ」

やっぱり・・そんなものあるわけがない。


「だから、私は勝手にこの症状は、『思春期に特有な現象』だと思うことにしたの・・それなら、思春期を通り過ぎ、大人になれば治る・・」

思春期に特有な現象・・

「思春期だけに訪れる病気・・存在を維持したいという気持ちがあるにも関わらず、世界から排除される時、若人は透明になる・・」

 存在を維持したい心。速水さんは家族からその存在を疎まれていた。


「あのなあ・・速水さん、僕の場合・・それに該当しないような気がするんだけど・・」

「鈴木くんには私の症状が移ったのかしら? 席が近いし」

「本当かよっ!」

「それは冗談」

 そう言って速水さんは笑った。


「でも、それって、透明化を自由にできることの説明にはなっていないんじゃないか?」

 僕の疑問に速水さんは、

「ええ・・だから私は実験をしたの・・実験といってもそんなに大袈裟なものじゃないわ」

「実験?」

「自己催眠の一種ね」

「速水さん、ごめん、話が難しくてよくわからない」

 速水さんは時々、難しいことを言うから困る。

「ごめんなさい。鈴木くんには少し難しかったわね」

 そう改めて言われるとむかつく。

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