〇五 三一〇秒
悪意なく、
「さっちゃん、ひょっとして弱いのかなぁ?」
潤はさも意外とばかりに言うところ、
潤に友人がいない、
「ねえ、潤、そろそろ五分経つんじゃないの」
どうしてこうして、自分の周りには何かと
思わず怒りを込めてしまったか、囁のぶつけた赤のおはじきは威力を持て余し、それを受けた黄色のおはじきのひとつは、勢い余って盆から跳ねて、湯の中に沈んだ。
「五分だったら、そうかもねぇ」
潤は
時間、分、秒、それらは
日付ならば、そちらはどこで区切っていますかで済むが、時間や分や秒となるとそうはいかない。
「んー、じゃあ見ておこうかなぁ、あっ、ねえねえ、一分って何秒か知ってるかなぁ?」
「うん? 一分? あー、いくつだっけ。秒、秒でしょ? 五十とか、百とか」
囁は正しく答えられない。秒という単位が存在していると、そうと知るだけで、諸国連合においては、むしろ知見の深いほう。軍で時間や分という単位が採用されても、秒まで採用されることは
「えっへへ、違うよぉ。西国の時計をもらった時、かちかち動くの数えてみたんだよねぇ、六十二だったよぉ。使わないもんだから、すぐにしまっちゃったけどねえ」
「へぇ、六十二秒」
その時の潤は、自らに誤りがなかったか、二度三度と、数え直してみるべきだった。無論、一分とは六十秒なのであり、潤が余計なことに気を取られて注意力を欠いたために、秒を数えるうち、ふたつも要らぬ数が足されてしまったのである。それを訂正する者は今に至るまでなかった。潤があまりに自慢げに言うので、囁は「じゃあ、五分なら三一〇秒」と、そのまま信じた。
「三一〇秒なら、きっと経ったよねぇ。見なきゃだなぁ。家主はねぇ、家を守る責任があるからねぇ。住み込みの人もいるしねぇ」
「
潤は自然なままに目を
潤を頂点たらしめる咎言、これにより、潤は遠くの景色まで見通すことが可能になる。半里の遠くまでだ。潤を中心として、二
行たちのいる掘っ立て小屋まで、
「しずっちが、潤の買った土地の
もはや
「ゆっちからの指示、書き写すから、管理人さんに紙と
潤はいったん眼を山のこちら側に置き直してみれば、具合良く、
「あっ、さっちゃんたち、お仕事が終わったら、潤の別荘に泊まっていかないかなぁ。いつかそんな日が来るかもって、抜かりはないよぉ。お布団もだし、遊び道具もねぇ、
遊び方のわからぬものを遊び道具として提示されても、囁としては、どうともしようがないのだが、
「んん? 管理人さんと遊べばいいでしょ」
囁の見たところ、この世では珍しく、縫に潤を嫌っている様子はなく、頼めば喜んで相手をしてくれると思われたが、それは潤の品格には相容れぬものであったらしい。
「公私混同なんて、すっごいよくないよぉ。潤の遊び相手をするのは、管理人の仕事じゃないからねえ。さっちゃんたちが泊まってくなら、お客さんをもてなすのはお仕事だねぇ。泊まっていく?」
囁としては、単に遊んで何が悪いのかと、そうとしか思われないが、長く
どうあれ、いくら潤からの誘いであれ、囁の独断で決しても構わぬものではない、まして今ここには、国軍総大将まで来ている。
「僕は嫌じゃないけどね、泊まれるかとなると、ゆっちに聞いてみないとわかんないなぁ」言ってから、囁はふっと気がつくではないか。歌留多があるというのなら、遊び方もわからぬほど珍しいものがあるのなら、だ。「ところで、潤、遊び道具の中に
嫌ではない、のは囁の本心にしても、好んで泊まろうという気まで発展するではない。しかし、帰路に就く前に温泉と柔らかな布団――おそらくは最高級品の、それが味わえるのみか、野宿ないし粗末な宿への一泊が減る、魅力的に過ぎる。それよりも何よりも、元旦の借りを返す日が、早くも訪れたというのなら――
「
戦場で何十人を相手にしようというのではなかったため、今日の改は合金の防具を
囁がここに来て、作戦の変更を伝えたのは先刻のこと、その囁は今頃、自らの持ち場についているであろう、ならば、改はまさに行動を起こすべきなのだ。わかっている、わかってはいるが悩ましい。武芸を極め、戦いにのみ生きる天栲湍の誇りばかりが問題なのでない。
――決して戦うな、何も壊すな、しかし追い出せ、敵の持っている信号弾は絶対に上げさせるな。
これは和語として成立しているのか、そのことからもう、改には怪しく思われてくる。もとより信号弾は上げさせるなとは伝わっていた、逃げ口があることも伝わっていた、しかし一方――信号弾は当然に許せる行為ではなく、もう一方――逃げ口は万一取り逃がした際、逃走経路はそこに限定しておけという言わば保険の一種だった。保険だけを使えと言われたことになる。無理難題とはこのこと。
「
常ならばおのれを奮い立たせるための言葉も、今に限っては、自分を納得させるためのおまじないにも近しかった。怒りも一周すれば
「
改は言った、己が身にのみ許された比類なき武威の神髄、その核となることばを。口にするとともに、生まれた
こうともなれば、見た目に恐ろしいものがよかろう、盾の代わりとなるなら
思わぬ幸い、ここで改が咎言を言うのは、改の表情をあまりに、あまりに鬼気迫るものとした。
もとよりが、いくら破門された身とはいえ、天栲湍の本家とは、諸国連合内に武名を馳せて余る武家の頂点のひとつであり、改はさらにその頂点になりゆく次期当主の妻だったのであり、自らも武人――
自慢の矛を戦わないために使うなど、いかにして我慢なろうか、
しかしこれ幸い、無理難題だったはずのものが、改にはそうでもないように思われてきた。改は葉を掻き分け、ゆるりと歩き出し、堂々と山小屋に向かうのみなのだ。
気づかれてやる義理もなく、光は漏らしながらも巧みに進み、さっと小屋の前まで歩み出ると、窓から外を見張っていたらしい一党のひとりと目が合った。だからどうということもない、改はにこりと微笑んでさえやった――怒りの発露のひとつであるとしても。こそこそしていて相手が脅えようものか。それに、戦うなというのである。ならばいっそ、礼儀良くしてやる以外にどうしようというのだ。
開き直る思いで、見張りの男が目を見開くのを
「ご機嫌いかが。申し訳ないのだけれど、この山小屋の地下から坑道に入れるのでしょう。今すぐに、そこから全員で逃げてもらえないかしら。そう、
何もかも無考え、というのではない。頭上が開けていなければ当然に信号弾は撃てない。小屋の中から撃てるはずもなく、窓は矛の届く距離にある、いくらでも阻止しようがあるはずだった。
とはいえ、温厚な声音の奥から
「ねえ、私にも、我慢の限界というものがあるの。言っていること、わかるかしら?」
暴発寸前の
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