293

「一徹様の記憶からあの女たちの力を感じない。飲まれた?」


 場所は不明だ。

 どこまでも広がっているような闇の中、いくつかの光がボウっと光る。

 ごぽぽっと気泡が、光のもと、透明筒状の柱の中で上がる。 


「やっと終わった? 貴方はどう思います? 夜と夢は貴方の領域でしょう?」


 闇の中に佇むリングキーはどこかに呼びかけた。声は返ってこない……のに……


「大社以外網羅して、なにも感じない……ですか。大社だけが邪魔ですね。太陽と闇、姉の領域は不可侵だから。それに、何か別の違う大きすぎる力を感じます。どこかとても懐かしい匂いも」


 リングキーは一番近くの水筒ケースに近づくと、そっと触れた。

 

「女皇はまだ飲み込めないのです? 父親の真実に倒れてから時間は経っているのに」


 ケースの中には、自分がいた。

 正しくは自分という思念体を移す緊急避難素体。ぐるりとその場から視線巡らせると、回りのケース内も満たされた液体のなか何体もリングキーが漂っていた。


「あと一歩が決めきれない。記憶内に倒れた四季を加護の力の一部ごと飲み込むことが出来れば、貴方が姉を侵食する糸口になる。あの女たちさえいなければ一徹は私の手に落ちたも同然。加護する弟も貴方の腕に抱かれる。三人兄弟の手綱は貴方が握り、私は永遠に一徹様を手に入れられる」


 更に、遠くの方に柱2つ。

 中には、大小の人影それぞれ。


「万が一にも失敗は出来ません。互いの連携を強めていきましょう。一徹様と私と、一徹様が望む徹新三人が認められる世界であれば、私は貴方が覇を唱えても構わない」


 小さな人影の正体。

 一徹とリングキーの面影をよく継いでいた赤ん坊だった。

 そして、もう一つのケースの中に浮かんでいるのは……



「どうかね?」


「喜ぶがよい。これまでの中では一番進捗が良いぞ? 小娘ども、最終ステージに行ったようじゃ」


「へぇ? じゃああとは余裕かしらね」


「どうかの。トリスクト、フランベルジュ、そして小動物。残ったのは3人」


 気の遠くなる期間を過ごしたにも思える魅卯達と、目覚めのセカイでは時間の流れは違うらしい。


 場所は目覚めたセカイの桐桜華皇国某所。

 眠る一徹を追いに精神世界を少女らがダイブしてから一日も経っていない。

 午前中にその場を後にし長官職に戻った忠勝がみっちり仕事を終わらせ、この場所に秘書カラビエリ伴い帰ってきたのは、その日の日付が跨がる直前。


「例えて言うなら、離別した妻と、婚約した女、愛人、そんな女たらしにのめり込んだ娘の三人のバッチバチじゃ」


「酷いもの言いをする」


「あの、口を挟みます長官」


「あぁ、君もいたんだったか木之本くん」


 未帰還者には四季が含まれている。


「閣下は何を思ってこの場にいるのです? 陛下を救うためではないのですか?」


「当然じゃないか」


 側女のネネがいるのは当然なのだが、この場のネネ以外、長官とヴァラシスィ、カラビエリか内輪話のようなものを始めるから疎外感を感じたのだろう。

 仲間外れ感に、少しムッとネネは見せた。


 そんなネネをじっと見やった忠勝は、ついで眠った四季に視線を移す。


「今回の件、陛下が目覚めた暁には反省していただく。少しキツめの仕置は覚悟頂く」


「まずはじめに労って上げてください。先日の大帝国ホテル、第三形態を前に陛下を身を挺して守ろうとしたあのときから、陛下の閣下への評価は更に良くなりました」


「私は別に、陛下のお気に入りになりたいわけではない。ご機嫌取りのためにあるつもりもない。オイタをしたなら、しかと叱るのも私の役目と心得ている。今回は、少し急ぎ過ぎた。須佐の力を得んとしたのだろうが、こうなった以上は山本少年とは距離を置いて貰うほかない」


「三神の力の集約は、失礼ながら閣下如きがどうこう出来る話ではないのですよ」


 一徹が四國出征する少し前から、ネネは四季の一徹簒奪ショーに加担した。


 須佐の力がある以上、四季が一徹からその力を取り込むまで離さないだろうとは思っていたが、最近は神の力とは別で一徹を手中に収めることに躍起になっていたのを知っている。


「言葉を返すようだが、では如きより遥かに上位存在しかるべき陛下が未帰還者となり、三神事では部外者に相違ない彼女ら山本小隊が、天照大御神血筋の陛下と須佐の力保有者の山本少年の目覚めに一番近い事をどう説明するつもりかね?」


「うっ」


「結局、山本少年のそばには山本小隊の彼女らがいることが相等」


「グゥッ。解せません。閣下は彼女らの才を食いつぶす足手まといと山本特務におっしゃっていたではないですか」


 四季が一徹を欲す以上、ネネがそれより先に立ち入るつもりはなかった。

 ただ、一徹が隣にいて、ネネと共に四季を支えてくれるならそれも良いと思っていた。

 

 一徹なら四季の左脇に立ってくれてもいい。

 なら自らは四季の右脇に甘んじて構わない。

 皇を中央に置いた左右の関係性は一種、四季にも、山本小隊員にも届かない一徹との共通点。


 それがネネも四季の思惑に加担した理由。


「それについては陛下と君に感謝する。あの場で気づかせてくれた。決して失わせてはならない貴重な人材だと。彼が無事であるなら山本小隊とともにあるのが良い。彼の存在が陛下を自ら危険に飛び込ませるなら引き離したほうが良い。理にかなっていると思うが」


 一体いつからだろう。

 だから演じて見せた簒奪ショーで、一徹から山本小隊員らを排除したはずなのに……


 気づけば、一徹から排除されたのは、四季とネネの方にも思えた。



「まるでゲームのステージみたいだね。バグツールを利用してプレイキャラをプレイコース外に連れて行った時に初めて見られる景色のようだ」


「あぁ、もしかして登場人物のことを言っているの?」


 夢三縞に侵入しながらリングキー達に察知されていないのには理由がある。

 まず、リングキーと何者かの領域たる夢三縞の中で、唯一領域外の三縞大社に最初から降り立ったこと。

 ヴァラシスィはチャンスを与えたと言ったが、恐らく三人に何かを付与させた。だから夢世界侵入は気取られていない。


「ゲームですか。学生はいいですね。私は教官としての職務に励んでいましたから、お遊戯のことなどわからないのですが」


「何が仕事に邁進しただ。一徹にゾッコンでろくに仕事をしなかったくせに。まぁ、我々学生が当たり前に話す話題についてこれないと言うなら、いよいよ私達との年齢差によるギャップによるものかな?」


「リングキー・サイデェスをどうにかする必要がなければ、まずは貴女から殺すところですトリスクト様」


 彼女たちは、あれから一徹を追いかけ続けた。

 遠目から様子を眺めるなか、気づいたことがあった。

 

「たとえば、プレイヤーが操作するキャラクターが進まなければならないステージがあるとするじゃないですか。そしてそのステージはプレイヤーキャラ以外にも登場人物は存在する」


「敵キャラや味方キャラのような?」


「そうです。ステージ上でプレイヤーキャラとエンカウントするのは、そのステージにプレイヤーキャラが立ち入ったことで動き出すようにプログラムされているから」

 

「ホラーゲームなんかであるよね。物置やロッカーから化け物が、プレイヤーキャラが近づいた途端に飛び出す。実はプレイヤーキャラがステージ上にいないとき、それら化け物は物置ロッカー内で大人しくジッと待機しているのに」


「それが夢三縞に入ってからの違和感の正体ですか」


「ホラ、あれを見てご覧?」


 なお、今彼女達は三縞駅前の銀行出入り口付近から、駅ロータリーを眺めていた。


『ささっ、手荷物をお預かりします。当ホテルへようこそお越しくださいました』


 三縞駅に宿泊客を迎えに来た一徹とヴィクトルがいた。

 ロータリー周辺、三縞駅近隣は人が行き交い賑やか。


 だが、宿泊客を乗せて送迎バンがその場を走り去ったあとだ。

 街ゆく者たち皆、いま来た道を戻っていく。

 一徹や宿泊客を除いた全てに、巻き戻しがかかっているかのよう。

 なんなら、後ろ向きに歩くではないか。


 そうして、また当たりは静まり返った。


「男子校もそうでしたね。三年三組を含め誰も動かなかったのに、一徹様が現れた途端、歓迎を見せた。ヴィクトルが私達を探し始め、私たちは屋上から場所を移しましたが……」


「守衛に『教室に戻れ』と言われた者たちは役目を終えたのか、また教室内席に座ったまま動かなくなったのを私たちは見た」


「ある意味この夢三縞は街も住人たちも、特定の条件下で特定の動きをするよう組まれたプログラムのようなものなのかもしれないんだね」


「プログラム。リングキーは一徹の記憶をもとに世界を造っているとヴァラシスィ様は言っていたが……」


 多分予測は当たっている。きっと今一徹が車を走らせる道だけは生きた街の風景になっているんだろう。

 彼の目に届かない場所は、死んだように待機しているはず。


「……もしかしたら、私たち急いだほうがいいかもしれない」


「また、魅卯少女だけが気づいた何かがあるようだ。プログラミングネタだとするなら、一徹の記憶を見てわかるように私達ローテクにはトンと理解不能さ」


 話しながらウンウン頷いた顎に手をやった魅卯の動きは止まった。


「プログラミングとして生まれたなら、プログラミング以上の事は発現しないんだ」


「と言うと?」


「決まった条件、決まった動き。夢三縞というのはルールに沿って決められたレギュラー行動以上の事が出来ない。でも想定外とか気まぐれとか、何かの拍子とか、とかくイレギュラーばかりなのが感情と自由を与えられた私達」


「それは一徹にも当てはまるね」


「不確定要素ばかりなのが目覚めの世界で、どこまでプログラムが目覚めの世界で生きた山本一徹の柔軟性に耐えられるか分からない」


「柔軟性?」


「なんだって良いんだよ。たとえば私たちの山本君はアラハバキが好きだよね? じゃあ仮にアラハバキを例として、山本一徹が遊びに行こうとしたら?」


「夢三縞だけじゃない。夢アラハバキもリングキーは設計しなければならない?」


「多分どの電車に乗るとか途中駅とか、彼の記憶をもとにすればいいと思う。そうすれば、三縞の外に世界がないことに山本一徹が困惑することもない」


「ようやくわかりました。何にしても、一徹様が知っていることが前提になる。なら例えば、山本一徹が知らない場所に行きたいなんて言い始めたら……」


「もっと身近で言えば、食事や飲み物でもいいと思う。未知なる発見。そうすると思い出が無い以上、リングキーも夢を作れない。いや、山本一徹が想像して組み合わせたものを読み取れば辛うじてかもしれないけど」


「……何処かで、この世界の矛盾に気がついてしまう?」


「リングキーが山本一徹に催眠をかけ続けているって、そういうこともあるんじゃないかな。因みにオンラインファンタジーゲームでは、元となるゲームプログラムに《拡張パック》って新たなステージが設計されたデータを連携することでプレイアブルエリアを拡大させるんだけど……」


 至極あり得そうな話だった。

 だが、夢三縞に降り立ってからどうすべきか漠然とも浮かばなかった頃からは大きな進捗。


 なるほどと、シャリエールにアイコンタクトをしようとしたルーリィは首を傾げた。


 シャリエールが身も凍りつかせ、顔面蒼白になったからだ。


「どうしたんだいシャリエー……」


「……プログラミングキャラが勝手に動くことはありますか?」


「えっ?」


 問を遮ってまで声を上げたシャリエールに、魅卯も眉をひそめた。


「特定の条件下で特定の動きをするよう組まれるのがプログラムだと聞きました。例えば誰もが平穏で楽しい山本一徹の日常を彩ることを前提に、山本一徹しか見えていない中……男子校で私達を気取って動き始めたものがたりいるとしたら、それは何ですか?」


 問い返すシャリエールは蒼白から悲壮と覚悟を顔に張り付かせる。

 その理由を、魅卯とルーリィは分からなくて……


「じ、自律移動型プログラム。昨今ではエーアi……」


「先に出ます。互いに無事なら、大社で合流しましょう」


 魅卯の言葉を、シャリエールが待つことはなかった。


「……やはり、監視しているものがいたか」


「チィッ!?」


 ロータリーを視界に収めながら隠れていた三人。

 低く落ち着いた声を耳にしては、シャリエールだけが声の主に向かって姿を現した。


「ムゥん!」


「チィッ!?」


 声の主は男。

 姿を認めた途端に煌めいた光に、反射的に斜め前に床を転がったシャリエール。

 立ち上がると、引きつった笑みを浮かべた。


「銃砲刀剣類等所持取締令と言うものがこの国にあることは知っていますかヴィクトル?」


 周囲の壁、真横一文字の深い溝。

 モリモリの上腕二頭筋。右掌で握った柄は、太刀とも違う刀身が馬鹿長い得物。

 ヴィクトルが佇んでいた。

 

「この俺の名を知っている? 何者だ貴様」


「貴方が左腕なら右腕の私の名を忘れているとか、激しくムカつきますので絶対に教えてやりません」


「なら、身体に聞くまでよ」


「簡単に行くとは思わないほうが良いですよ? 今の私なら貴方にも少しくらいは食らいつける……貴方が私に追いつけたならね? 《イグジスト!》」


 タァンと強く床を蹴ることで、シャリエールはヴィクトルから距離を置く。

 一徹の夢世界なのだが、シャリエールの呼びかけに応じて、何処かからかシャリエールのマスキュリスは現れた。


「一徹様の技を少し見ておいてよかった」


「ぬっ、『一徹様』だと? 貴様それは旦那様のことを……」


 シャリエールの得手はゴールデン・コンバットナイフのハズだが、今は鍵ハシゴのように変態させていた。

 建物屋上に引っ掛け、利用して屋上に上がったのだ。


「待たんか貴様! 逃がすものかよ!」


 シャリエールは多分、屋根伝いを飛んで逃走を図った。

 身軽ではあるが膂力面ではヴィクトルの方が強靭。

 単純な陸路では距離が詰まってしまうと考えた……



 ――そうして……


「どうして気づかなかったんだろう。たしかに男子校でのあの反応は、間違いなくイレギュラーだったのに」

 

 シャリエールが囮を務めてくれた。

 だからヴィクトルは彼女を追って何処かへ行った。


 まだ狙われたのがルーリィならあるいはなんとかなるのかもしれないが、魅卯が狙われたならなすすべなく捉えられたか斬られていた。


 シャリエールに、魅卯もルーリィも感謝した。

 夢三縞に届くまで一徹の記憶を追っていた中、ヴィクトル・ユートノルーと言う男は山本一徹物語の中で確かなる世界最強の一人だったから。


「私達は一度大社に戻ろう。仮にシャリエールが無事で戻れたとき、私たちがいなければ混乱してしまう」


「そうだね」


 六人で一徹の精神世界に潜り、ここまで残ったのは三人。

 誰か一人でも一徹のもとに辿り着いて目を覚ますことが出来ればよいのはわかっているが、頭数が減ってしまうのは不安不可避だ。


 だがこういう……態勢が整っていない時ほど、ターゲットと遭遇しがちなのかもしれない。


「えっ?」


「「なっ!?」」


 三縞大社の正鳥居まで戻ったその時のこと。

 ちょうど信号待ちのバンと、ルーリィ、魅卯は目があってしまう。

 すなわち、運転者一徹とだ。


 運転席からフロントガラス越しに2人を見やる一徹は目を丸くしていた。

 動きが止まった……なら、二人が逃す手は無い。


「「ツゥ……一徹ぅぅぅぅっ! /山本くぅぅぅぅんっ!」」


「き、君たちは? グッ……ガァっ!?」


 一徹ははじめ呆けた顔をして、急に頭を押さえ込んだ。


「い、痛い……頭がぁっ」


 運転席で一徹は頭を抱え始めた。

 これにルーリィと魅卯は運転席側の車のドアを開けようとして……


「コイツラ! 邪魔をっ!?」


 しかし、ドアは開かない。

 中にいた宿泊客が、ドアをロックする……だけでない。

 ルーリィたちが立つ側とは反対側から、2,3人降りてくるではないか。


 つかつか、魅卯たちの方へと歩いてくる。

 無表情。目の焦点があっていない。

  

「魅卯少女、さっきのシャリエールもやってみせたが、《イグジスト》は出来るからね」


「それって……」


 近づく者たちを関節視界におさめ、本視界は車内の苦しむ一徹を捉えながらルーリィは魅卯に言った。


 残念すぎる意味が伺えた魅卯、すぐに異次元から銀色の小刀。胸元から、札を取り出した。


 必要に応じて、戦えということ。


「う゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!」


 降りてきた宿泊客は……宿泊客のはずなのにナイフやスパナ。鉄パイプを握っていた。

 一体どこに持っていたというのか?


「「う゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!」」

 

 それは多分、サイレン。

 一人が挙げた奇声に、奇声が新たに重なる。

 それはどんどん広がって、伝播す……


「フシュッ!」


 する前に、こと切れた。


「トリスクトさん!?」


「惑わされるな! ただのまやかしだ!」


 目にも止まらぬ速さ。

 1人目は喉。2人目は肺と、槍で穿つことで宿泊客の体内の空気を放出させ、声帯震わせないことから警戒号令を断ち切らせた。

 ただそれは……


「ヒィ、ヒッ!? ……人殺しぃぃぃぃ!!」


 そういうことなのだ。

 都合よくプログラミングされたリングキーの傀儡のくせに、槍先にに掛かれば血は吹き出る、肉片が飛ぶ。


 ルーリィ達の世界で命に手をかけて来た記憶のない一徹の、一般市民としての反応は当たり前すぎる当たり前で、車内は運転席の背もたれに一徹は身体を押し付けていた。

 怖いから後ろに下がりたいが、背もたれがそれを邪魔している。


「う゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛! い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!」


 車内の宿泊客、同じく奇声を上げた。

 吹っ切れたというより、人としての制限がぶっこわれた様相。

 一徹を運転席から力任せに引きずり出し、後部座席へ。

 運転席に、叫声上げながら座り直すと、ルーリィ達を轢くことも厭わぬかのように、車を走らせた。


 それから、町中いたるところ、数え切れない程の、例の「う゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!」が木霊した。


「バレたね。私たちが夢三縞に潜伏しているのが。間違いなく、ほどなくリングキーの耳に入る」


「……場所を変えたいと思う。多分これからリングキーは街の人を使ってローラー作戦で私たちを探すはず。でもね? この街が如何に山本一徹の熟知した三縞観をもとにリングキーが設計したとしても、私は……彼よりもう二年長く、この街を知ってる」


「一徹以上に街を知っている君が本気で潜伏先を選んだなら、リングキーが用する町の者らがどれだけ探しても見付からない自負があるんだね。信じよう」


「ただ、さっき別れたフランベルジュ教官が大社に戻っても私たちとは合流出来ないよ?」


「合流以前に、ヴィクトル殿に認知されてまだ倒れていないことを祈ろう。だが一方で今一度覚悟を決めなくてはね」


「……もしフランベルジュ教官が倒れていたら、私達二人で山本一徹を目覚めさせなければならないんだよね」


「だけじゃないよ。二人でヴィクトル殿と相対して、二人でリングキーと対峙する」


 狂声はあらゆるところから大社に集まってきているような。

 これ以上話し合うことでこの場に居続ける訳にはいかないルーリィと魅卯は動き出した。



――なんだ? 何が起きたのか分からねぇ。理解が追いつかない。


 ただ、言えるのは……


「お、おぉ……おぇぇぇぇっ!?」


 気持ちが悪い。怖い。そればかり。


(人が……死んだ? 殺された……それも俺の前で……この三縞で……)

 

 駅で拾った宿泊客に、良かれと思ってこの街のシンボル、大社を見せたかった。

 自分で運転して、そこで……


 女の子。しかも凄くキレイな娘が……ウチの宿泊客を俺の目の前で殺したんだ。

 しかも二人。

 更に……


=ツゥ……一徹ぅぅぅぅっ! /山本くぅぅぅぅんっ!=


 俺の名を叫んだ。

 必死になって、感情をぶつけてきたと言うか。


「いったい……頭ん中……締付……あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」


 宿泊客の一人が、ウチの送迎バンを運転してその場から離脱した。


『貴方は一体、何をしていたのですヴィクトル殿! なんのための貴方ですか!?』

 

『……言い訳はありませぬ』


(やめろ、争うな。俺が掛けた世話のせいってわかってる……けど今は、それどころじゃ……)


 宿に到着するなり、トイレにこもりっぱなしだ。

 吐き気、だるさ。頭は割れそうに痛い。

 汗がとにかく止まらなくて、しかもストレス性で吹き出したから悪臭が立ち上った。

 それがまたさらなるストレスを引起させ、一層の不良を身体にもたらした。 


『一徹様、私ですリングキーです! 開けてください。絶対に大丈夫では無いですよね! お傍にいさせてください!』


(あの子達はなんだ? なんで宿泊客は武器なんて持って襲おうとしたんだ? 俺の名を二人とも知っている? 俺は……知らないのに?)


「げぇぇぇぇっ!」


(怖ぇ。俺の名を叫んだのは、殺しのターゲットが俺かもしれないからか? ていうか、なぜ初めてウチに泊まるはずの客が、当たり前にこの宿に車は知らせた。あの奇声は? 挙げはじめてから話も通じない)


『一徹様!?』


(街中、逝った目ぇして全員発狂してやがった。発狂してるのに、なんでリングキーとヴィクトルは発狂していな……いや、してくれなくてよかったけど)


 宿に帰って速攻110番に通報したさ。

 会話中か繋がりゃしない。つーか緊急通報回線ってそんなことがあるのかいつまでもツーツーだ。


 全てのことが俺の常識からみて異常。


 発狂する者ばかりの三縞に、この世界が壊れたとも思う一方で、発狂していない俺が世界のハミダシ者にも思える。


 さっきから便器に頭突っ込んでる。

 気持ちの悪さからバシャバシャ嘔吐が止まらない。吐く時に体全体に圧がかかるからか、


「痛い……イタい……ルーリィ、シャリエール、痛い……よ、頭ぁ……月城さん」


 頭痛は更に酷くなっていく。身動き一つ取れないから、俺にとって大切で、俺を大切にしてくれる人の名、リングキーの名前を口にした。

 このままなら、頭が文字通り爆発して死んでしまいそうな気がして。


 助けて欲しかった。

 

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